21:46から。

爆速で筋肉痛。そして体調を崩した。

邪気の大掃除としておく。

お母様から電話がかかって来て、満月家に忘れた髭剃りを送ってくれるとのこと。ありがたや。話し声で風邪を引いていることがバレ、ジキニンと栄養ドリンクを買って休めと言われた。ついでのように満月さんにも栄養ドリンクを飲ませたってと言う。そういえば、うちの母親も年末年始で休みが無い満月さんに美味しい物を食べさせたってと言っていた。満月さん両家の母に愛されている。

日中はおそらく熱が出て(測っていない)ぐったりしていた。食欲はある。朝ごはんはコンビニに行ってしじみの味噌汁とスモークチキンのパスタサラダとアロエヨーグルト。昼ご飯はチキンカツとカップラーメン。合間にジキニンと栄養ドリンクを飲んで、うとうと。変な汗が出た。

夜ご飯は、もやしのナムルと白菜とワカメの浅漬けとベビーリーフのツナとおつとめ品トマトのオリーブオイルベースのドレッシング。大晦日だから、年越し蕎麦の準備もしている。生姜を刻んで椎茸も加えた出汁。天ぷらを買うのは任せたけど、近所のスーパーで海老天が売っていたもんで、追加で買っておいた。

さておき。

昨日は寝落ちしたのだが、まどろみの中で満月さんに「今日の日記は辛辣なことを書いている」と言われたような気がする。夢かもしれないが、一応読み返した。そんなに辛辣ではない。ディスりではなく、あくまで観測。いや、もし痛いところを突いてしまっていたら致し方ないのだが、この痛さは別に僕の文章のせいではなく、当人の内部にあるものであって、それが僕の言葉と呼応しただけなような。変な話、僕が存在しなくてもきっと痛い。

やれやれ。

変な話を続けていく。

誰かが何かしないとき、それがどういう原因であっても結果は変わらない。体調不良だろうが寝坊だろうが遅刻は遅刻。原因論で世界を捉える人は原因によっては情状酌量の余地があると考える。でも、その原因って証明できないことが多い。単に相手が言っていることを信じるのかどうか。結局、当人が物語として納得できるかどうかが問題になる気がする。結構辻褄を気にする人が多い印象。

辻褄って論理であって合理だから、当人の物語性なのか。

物語は好きだが、人生劇場を物語的には捉えていないような。いや、言葉で語ろうとすれば、言葉自体が物語を孕んでいるからどうしても物語になる。だから言葉は良き。

大晦日は今年の総括をするのが習わしっぽいから書いておいても良い。

学習の1年。もっとしっかりしようと思って来た。

しっかりすると弊害が起こるから制限していたのだが、今更そんなことを気にしてもしょうがない。人生はあくまで主観なのだから誰かの世界を気にしていては生きられなくなる。

この脳で日常を生きることを目論んでいる。

何の話だ。

本日の発熱は知恵熱という説。

よし、ねる。

おやすみなさい。

良い夢を。

良いお年も。

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