たまたま

20:29から。

4連休目。

明けましておめでとうございます。

今年もつらつら書いていくと思われるので、よろしくお願いいたします。

満月さんに今年の抱負を聞かれたとき咄嗟に「シックスパック」と答えた。抱負って抱える負荷といういう意味で、この人、僕の筋力が落ちていることをやたらと指摘してくるもんで、対満月さんに対する抱負としてはこれで良い。

筋トレするみたいに時間をかけることではない。シックスパックがきっちりしていたのは、仕事時間に横隔膜辺りに力をずっと入れて地声の通らない声を通るように頑張っていたから(男性ホルモンが増加したからという異説もある)。

対世界としては、縁を大事にするで良いのかもしれない。

「えん」と読むのか「えにし」と読むのかは自由だが、僕の中での大事というのは、きちんと食べて糧にして人生劇場に使っていくという意味合い。使うというと利益っぽいニュアンスになるのか。指針にするだったらちょっとは柔らかくなるのかな。縁によって得た物で自分の劇場を切り拓くみたいな話。

もちろん、縁って、対人問わず、全世界。

すげー捗っている。

朝は満月さんにおにぎりをこさえたし、カビキラーでお風呂場が綺麗になったし、お布団も干してシーツも洗ったし、暗黒期にこれだけ連休があったとしても何も進捗しなかった。

たしかにお酒は飲んでいるのだが、お酒を呑まれたから次の日の行動が制限されるという縛りがない。ついでに言えば、夕方辺り、イオンにお買い物に行っていたとき、照明が揺れているなと思った、滅茶苦茶脳揺れ。お酒で酔うよりだいぶ酔った。僕は一目散に降りようと思ったのだが、あんまり感じなかったのか登って行く人もいた。

結構揺れたのに特にアナウンスもないし、ほとんど混乱もなさげ。

まぁ、誘導するようなアナウンスをした方が混乱するという思惑もあったのかもしれない。元旦のイオンの動員率は若干許容オーバーなのでないかと思ったし。

僕は単にスーパーと薬局が他に空いていなかったからというのと、ちょっと家族法の新刊を立ち読みしようとした邪な気持ちもあった。行ってみたところで民法棚は絶妙に少なくて、おそらく仕入れする人がそこまでこの分野好きではないのだろうなと見受けられる。有斐閣で入門書で大御所が書いているのだから、やっている人だったらとりあえず入れとけとなるはず。家族法の制度が社会的にどんな機能を持っているのかまで書かれているということだから、読んでみたい。ルール自体は解説されなくても繰り返せば習得できるし。

法律棚かなりてきとーなのに、建築学とか自然科学系は結構豊富な気がする。

いや、これもそれをやっている人からしたらきっと物足りないに違いない。書籍っておそらくそういう世界。いやいや、でも建築棚には法律棚にはテーマ性を感じた。豊岡の地域的施策みたいなマイナー本が仕入られていたし、たぶんこの棚を担当している人は好きで仕入れている。

法律棚は、好きをあまり感じなかった。

なんとなく入門書と時々分厚い本入れとけばいいだろうみたいな。もしかしたら有斐閣と確執があるのかもしれないけども、民事訴訟法の判例百選が置いていた時点でそんなことはない。民法の判例百選は置いていない。

これは別に文句ではない。僕は生活圏においてこの元旦というタイミングで開業している本屋にあれば良いなと立ち読みに行った訳で、それが無かったとしても別に落胆するには至らない。という感覚が読み取れるかどうかはまぁまぁ微妙なところ。

読み物が足りないという状況は、どれだけ時間とかお金が無かろうが在り得ない。

ピンポイントで求める物質としての読み物を欲しているのであればそれだけしかないけれど、そこまで自分が欲している読み物を断定できる人は居なさそう。だからいっぱいどうでも良い文字情報を摂取する。ここでいうどうでも良いは、自分の世界観を動かさない情報という意味。

お金持ちになったら何をするかという問いは、時空が自由になったら何をするかということに還元できる。お金も時間も結局有限だから、どちらにせよ可動域の話だと思う。

本日はCINIIで論文を2個読んで、kindle読み放題で「世界は『関係』でできている」という量子力学さんの本を途中まで読んだ。一息で読むのは勿体なくて。もっと時間があれば青空文庫で「カラマーゾフの兄弟」を読める。もっと稼働時間があれば、きっと散歩に時間を当てる。

という変態的な嗜好はともかくとして。

動画も並行的に見ていたのだが、岡田さんの人を4タイプで分ける話が今更面白くなってきた。

曰く、司令型、注目型、法則型、理想型と分けられるらしい。標語としては、司令型は「勝利」、注目型は「仲良し」、法則型は「自由」、理想型は「真実」らしい。細かく説明しないとニュアンスは伝わらないのは分かるからある程度説明しないといけないのか。

動画を引用すれば説明は省略できるのも分かるけども、それをやると自分の文章空間ではなくなって、ただのニュースみたいになる。客観的な正しい情報なんて書こうとしていないし。

曰く、司令型は資本主義の寵児みたいな人で、勝つか負けるかを問題とする、正方形の右上に位置する人。上側は外向的で下側は内向的。その下に法則型がある。法則型の人は、自由であってなるべく世の中の柵から逃避したいという反面、世の中の法則を分かりたい。で、の左に位置する理想型。理想像に向けて修行をしていく。この類型の人は他人を師匠とか弟子で判別するとか。その上に注目型、外向的で人好きだから、人と付き合うのが当たり前だけど、定期的に1人で居る時間が要るとか。

文字で説明するのは無理があったのだが、もともと文字で説明するのが無理であることを書いている気もするので良いのか。

対角線上の人のことは腑に落ちないというのはまぁまぁ分かる。

僕は理想型。この概念を知る前に師匠の概念を使っていたし。だから、世の中の知識を使えるかどうかみたいに採り入れることに違和感がある。使えるかどうかではなく、面白いかどうかでないと本が読めない。

誰かに勝つ為に情報を収集するという概念がない。

ちなみに、おそらくだけど、満月さんは法則型だと思われる。法則型への謝り方がほうれん草と次回への改善策ということで、得体の知れない因果というのは座りが悪いのだろうなと。世の中を法則として把握したい傾向が強い。

とはいえ、この分類はINFJとかとは違って単なる傾向の話だから、隣と上なり下なりの人のことはまぁまぁ分かるとのこと。理想と法則は隣同士だけど、法則の人は勝ち負けの指令型の傾向もあるもんで、その傾向については僕はいまいち理解できない。僕が料理しているという話をしたと話したら、自分も料理しているという話をしなさいというのがそういうところなような。

個人的には外から関係性がどう見え様がどうでも良くないかと思うのだが、何か気にするところがある模様。

この話はあくまで前置き。

僕が理想型だとしても、この枠にハマるつもりもないし、他の人がそこにハマっているとも思っていない。対社会としての関わりとしては使えそう。変な心理学より的確だと思う。

やれやれ。

俗っぽいとか深淵とかどうでも良いのだが、関係が世界を構築しているのは最先端の物理学者が言っている時点で、権威主義の人は倣うしかない。この作者さん、「時間は存在しない」からスキだった人だし、シュレーディンガー猫を退場する毒薬でなく睡眠薬にするくらいの遊び心があって良い。

ここで言う関係とは、観測者と非観測物の相互作用。

これって科学とは別に、素朴な感覚として当たり前。誰に観測されているかによって自分の可動域が変わるってありきたりな経験則だと思う。

この経験をしたことがない人はそうとう自分の世界が確立している。

で、関係と言えば、法律学も関係がないと存在しないというありきたりもある。

家族法が気になるのは、別に家族自体に自体には合理性が無くて良いけれど、家族が離れる時の法律関係には合理性があるらしい。

でも、ここの合理性ってなんだろう。

僕が想うのは、結合の何某かよりも離れることの自由なのかなと。

色んな要件があるけども、家族ていったんたまたまくっ付いたら離れることができないというのがもともとの世界観だった。例えば某宗教観だと離婚が認められなかったとか、いったん子供を産んだら法的に離縁できないとか。

僕は割と子供が産まれてもなんとかなりそうな気はする。

満月さんはどうなんだろうな。休みがあったらどうにかなるという時間軸では難しいような。

割とどうでも良い。遺伝子が一致した子供が2人の結晶だとは思わないし。

なんなら燻って居る満月さんの文章脳を揺り動かして共作した方が結晶なような。

今日のお話はもう少し続く。

縁と時間の話。

たまたまだけど、モネ氏の絵画の印象派はぞくぞく鳥肌が立った。

これを紹介してくれた人がたまたま出て来たという解釈もできるけども、面白そうな文章を書いてくれる人をフォローした自分の行動の結果とも言える。

風景が客観ではないという認識が無いとゾクゾクできない。

刻々と移り変わる中の印象に刻印されるだけ。像として印される。

僕が雨が好きなのはこういう意味だけど、文字で表現するのは遅いから書いたところで意味が通じない。

絵の才能無くて良かったとも思った。

才能あったらモネさんのように一生絵に奉仕しないといけない。天才の時間は大衆の為にある。自分の動きが世界の認識を動かすくらいの人って日常生活できないし。

一瞬、才能あったみたい。自分が描いた過程は思い出せないのだが、何かの賞を得た。姉に潰されて、僕は絵が下手だということになった。

縁という意味で言えば、姉とも世界観の交信がない。

妹ともそう。排除されたというということでもあるかもしれないけど、ここに特に哀しみがないというのが僕のサイコパス。

で、時間と縁って割と同じことだろうなと思ったのが、にちゃんねるの掲示板だったり。

わりとオカルトなのであんまり書く気ははないのだが、過去を思い出すように未来を思い出せるというのは在り得ると思った。検証可能性。

省略。

そういう話でなくて。

いやここまでか。

おやすみん。

良い新年を。

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