0:19から。
仕事納めをしてきた。
という名の休日出勤。自分の仕事だけするつもりだったが、ついつい反射的に職場の仕事もやってしまう。
24日から、3日まで休み。
24日にもう1山ありそうな気がしないでもない。
仕事場に安心感が無いもんで、仕事場が動いている限り心が休まらない。
とはいえ、個人的には人生は良くなっていると思っている。
これは環境では無く、環境を問わず生きていけるよなということ。
個人的な「生きる」の定義は、「自分を守って生き延びる」ことではなく、より自分になるように変化していくこと。もう充分生き延びたから、ここからは楽しむだけにする。
職場には最終日間近だというのに、本社の人がてんちょーにお説教にやってきた。
前日ぽろっと、てんちょー、「本社の人が俺に文句を言いに来る」とぼそっとぶーぶー言っていたから、自分の振る舞いの何処が問題になっているか分かっていない。
実際の面談中、バックヤードでやっているから細かな問答は聞こえないが、雰囲気的に、てんちょーがぐずっている感じだった。「俺、精一杯やっていますけど!?」みたいな。
その後のフィードバック、職場上のLINE、改めて禁止ね、何かあったら電話で、と。
そうじゃねぇから。
LINEの使い方の問題だから。
まず、変化する気が無いんだったら自分の非を認めないといけない。
だって、その自分で生きていくことを決めたんでしょって。自分でも非だと思っている自分と一生付き合っていくことを決めることに対しては特に見解は無いが、それで悪影響が起こるなら、そこは世界に対して責任を持つべきでは。知らんけど。
今回の経緯は、犬型新人が病欠のLINEをてんちょーにしたことに対して、てんちょーも経年女子も仕事の引き継ぎを聞く体で、当人達が全く動かず、病欠の犬型新人がお仕事するように圧をかけたということが問題。実際熱があってしんどかろう犬型新人がお仕事をした。
ちゃんと大店長とかさらに上の人、このニュアンス分かっているのだろうか、言い方の問題に捉えていたら、悪手過ぎる。犬型新人はもう辞めることは決まっているのだが、会社の構造としてとてもよろしくない。
上層部の「行動」の問題ですから。
「言葉」なんて、なんとでも操作できる。たしかに言葉も大事だけど、言葉がぶっきらぼうでも、行動に愛があれば、その職場は新人が懐くと思われるから、重要度は低い。
本日も、仕事納めの自分の仕事の大掃除をしながら、犬型新人の新規案件のお仕事をちょっとだけ片付けた。このちょっとだけに対して犬型新人は、僕を優しいと言うのだが、僕としては、最低限のことであって、これをしなかったことによって、売上の損失が起こりうる方が職場の行動として嫌だなと思っただけ。
もちろん、これは休みだし年末でてんちょーのコントロール下で無いからできたこと。
こういうことができない上層部に腹が立つ。
お前らが、我が店舗の営業範囲を縮小しているんだわって。
僕はちゃらんぽらんそうで、根に持つことはないけど、諸々カウント取っている。
以前、僕の案件で、お客様からすぐ回答欲しいという問い合わせがあって、僕が他のお客様で対応できなくて、夜になっててんちょーに相談したら、硯さんがやってみたいなことになった。ぎりぎりクレームを逃れたが、てんちょーが繋いでくれてればこんなことにはならなかった。
こんな案件が2件ほど。
てんちょーの指示通りにやったらお客様との雰囲気が悪くなるのが幾ばく件。
てんちょーは居るだけで職場の空気も悪くするし、もう人間では無くて、僕の人生劇場に一瞬現れた登場人物という解釈。
まぁ、自分視点から厳密に見れば誰だって登場人物でしかないのだが。
ここになってきて、世界に対していちいち甘えてくんなよという気分になっている。
あくまで、愛に生きているだけだから。
やれやれ。
どうでも良いけど、YouTubeの二コラ・テスラさんの動画、とても今の僕の世界観に近い。
人の行動を決めるのは、意志では無く、意識とか、世界に焦点を絞っていることが現実として現れるとか。
生身の感覚として、僕が動くか動かないかは、体調とか気分とは無関係。
一生懸命稼働させようとすればするほど動かないのが僕。
なんでこれでも動けるかというと、社外秘。
というか、自分でも良く分かっていない。動けない日があんまり無くってきている。
本日、満月さんからの夜ご飯のリクエストは「私の好きなご飯」。
女の子にこれを言われた男子の少なからずは絶望すると思う。リクエストが抽象的過ぎてどうしたら良いか分からないから。
僕は、満月さんのご飯をだいたい創っているから、そろそろ台湾ラーメンが食べたいのだろうなと、豚ひき肉とニラともやしをにんにく、生姜、豆板醤、コチュジャン、でタネを作ってお風呂で読書していたら、これでラーメンのまま作っても良いけども、もうちょっとアレンジできるじゃんと、うきうきしてきた。
満月さん、最近、天津飯にハマっている。
台湾ラーメンのタネをあんかけにアレンジして天津飯にすれば、より満月さんが好きなご飯になるのではと。
我が家には炊飯器が無いもんで、お風呂から出たら急いで浸水させて炊いた。
案の定、美味しく食べていただけました。
これが生きるということ。
どうでも良い話。
昨日から、お風呂読書の最後の小説枠をカミュさんの「ペスト」にしている。
すんげえ面白い。読んでいると映像化される。これは、原作者の表現力なのか翻訳者の手腕なのか分からないけど、大阪の古書店で50円で買ったにしては掘り出し物過ぎた。
買った当時に読み切っていない時点で、過去の自分では読めなかったんだろうなぁと思うが、過去の自分に対して、今の我が家にこの本を持ってきてくれてありがとうと思う。
ここまで。
おやすみなさい。
良い夢を。