23:04から。
断片的な社会学で、「物語とは、外せない眼鏡のようなものだ」というフレーズがあった。
たしかに。
僕もずっと考えていた。
誰かが何かを読み取るとき、そこには、読み側の物語の文脈がある。
当人の人格とか性格とかきっと「自分」と定義される概念には物語がある。
ここでいう「物語」って、普通のことで、世界の現象の全てを捉えようとしたら、処理落ちするし、なんなら「意味」が無いから、意味付けをするために、現象を解釈する。もっと正確に言えば、「都合が良いように切り取る」。
これが自然なんだなって捉えると、僕は物語を読むことは好きだから、なんというか、なるほどなって思った。ひとそれぞれ、当人が培ってきた物語があるだけで、「物語の外」は把握できないんだろうなって。
これは、ディスっている訳では無い。
単に、当人の物語って、すんげぇ固定化されているんだなって思っただけ。
ここで、読書の効用。
読書している人の誰も語らないし、読書が自分の物語の中で読む本だったら、臨場感が無く、他人事として読むことが読書というのが正道。
本を読む人とはいっぱい関係してきたけども、あくまでエンタメとして読んでいる人ばかり。他人事して読んでいて、なんで小説が面白いんだろうなって思う。
物語を読む効用は自分の物語だけではない世界が在るとに認識えきる
村上春樹さんの最新作。
冒頭を読んでいて、この人、小説家として終わったのかと思った。
けども、読み進めたら流石のストーリー。
物語に自然と没入というか、移入できるように構築されている。
もうちょっと続きを書きたいとこだが、日記時間があんまり無いもんでここまで。
おやすみなさい。