お疲れ様

22:09から。

大掃除日。

昼くらいに炊いたご飯とキムチと梅干とインスタントのどぐろスープを食べ、そこから7時間くらい、部屋の片付けをしていた。

僕、ここまで片付けできる人だったかな。

職場では、案件の資料を整理できないということで有名なはずなんだけど。

おそらく、職場だと、というか、今まで、「できるけど優先順位低いからやってなかっただけ」。いや、最近できるようになっただけの可能性もある。

片付けって、すんげぇ「決断力」を消費する。

1人だったもんで、ぽいぽい捨てるんだが、かつての僕なら、ぽいぽい捨てているときに、面白そうな本とか発掘されると、それを読んで時間を使っちゃうし、これはそのうちまた使うんではとか悩んでいた。

今の僕は、申し訳ないなぁとか思う隙もなく直感でぽいぽいする。

スティーブ・ジョブズが、決断力を消費しないために同じ服を何着も持っているというエピソードを思いだした。そもそも、決断自体にエネルギーをあんまり消費しなくなってきたかもしれない。

「選んでいる」というよりは、「僕が選んだものが正解」みたいな感じ。

後悔という概念が僕の辞書だとレアになってきた。

この片付けムーブが起こった契機(きっかけ)。

もう情報が解禁されたので、やっと書ける。

満月さんのご両親が、我が家のゴミ屋敷状態を心配してくてれて、満月さんの誕生日プレゼントととして、業者を入れてお部屋の片付けをしようかというのを内々に相談された。

僕が窓口になって、タイミング合わせて業者さんと調整して、来てもらってとか、決断力の消費より正直疲れた。聞いていると、我が家の需要とはあんまり合って居なくて、僕が1人でやった方が早いから、ご両親の好意をお断りして、本日やった。

途中から面白くなってきて、お酒も加えて、キッチンドランカーならぬクリーニングドランカーだし、クリーニングハイだなーって。エアコン効かせていても汗だくになったから、ちょっと脱水症状は気になったけど、なんとかなった。

もっと面白い話。

この業者さんモップレンタルから害虫駆除までこなす某、有名フランチャイズなんだけど、4年前くらいまで、ここのシステムのサポートセンターで、働いていたことがある。

そんで、やって来たのが、当時やり取りしたことがある人だった。

この「縁」のお話し、喉まで出かかったのだが、素面だったもんで、キモいかなと思って越境はやめた。4,5年前の話だし、普通の人なら、「なんで覚えてんの、キモ」となりそう。


一応、苗字が珍しいという一般的な理由もあるのだが、これ4、5年の壁は越えられない気がしたもんで。この直感はきっと正しかった、話題として絶対盛り上がらないに違いない。

僕、内外から「覚えろ」と指定された情報はあんまり覚えていないんだけど、なんでもないことは、結構残っている。一回も飲みに行ったことがない昔の仕事場の人とか、全然会話していないクラスメイトとか。記憶回路がちょっとズレいてる。

ここまでが前置き。

お片付け中、哲学的な感じのアニメやらYouTubeとかを流していて、思考の散歩が捗った。

攻殻機動隊が、原作リスペクトでまた創られたやつを読んだ。

押井守さんの漫画のビジュアルの方が好きだったのだが、こんなの「慣れ」なだけで、原作寄りの方が、なんとなく馴染みが出て来る。

人間とはそんなもん。

マンガのストーリーについてはあんまり書く気が無い。

この漫画のテーマ、「人間とは」。

原作が描かれたのはちょっと古いのだが、「いま」を先取りしているかもしれない。

創作者は時間感覚がバグっているから、「未来」を予知する人も居る。手塚治虫とか、まさに。「火の鳥」の未来編とか。

人間とはという疑問は、あんまり現代の人は持っていないのかもしれない。

観測され、観測するのが自己であるっていうのは、結構本質に近い。

攻殻機動隊のことを語り出すと長くなりそうなので、このお話しは個人的な話題として残しておこう。僕は、僕のゴーストのささやきに従った方が楽しい。

まだ、攻殻機動隊のアニメは完結していないので、その後に、岡田斗司夫さんのチャンネルを流していた。

「本が読めない人」?という新書を書いている作者さんと対談しているやつ。

「本が読めること」と知性は関係無いとのこと。

現代社会、情報の採り入れ方は、他にでもいくらでもあるし、そういう意識高い系? の人にとっては、読書って「コスパ」が悪いらしい。

曰く、「ながら」ができないとか。

たしかに、動画視聴しながらだったらスマホは触れるが、読書しながらできることと言えば、ビールを飲むくらいしかない。

僕も結構マルチタスクが好きではあるけど、だからこそ速度を落として散歩をするという意味合いで、読書がある感じ。

活字を読む能力は、もはや時代遅れの「旧能力」と表現していたのが面白かった。

これは、たしかに。500文字の解説文を読むのと、5分の解説動画を観るってどっちがコスパ高いかというと、僕には明らかに後者。500文字くらいだったら、きっと2分もかからず読める。でも、文章を読み慣れていない人は、動画でもうちょっと時間をかけることを選ぶ。

僕の日記を読むのに何分かかるのか、みたいなタイパで考えたら、他の情報を採り入れた方がきっと効率的。

なんか、この世界観よく分からないけど、コスパとかタイパで考えれば、1人で過ごすのが一番効率よく無くないか。僕、家事全般ほんとはできると解明されてしまった。

ともあれ。

僕が未だに文章情報を読むことを辞めないのは、知識収集というよりは、視力のトレーニングみたいなところ。

情報って、今やというか、昔から「降って来る天候」みたいな「受動的」なものでしかない。

こんなの、どれだけ浴びせられても、いちいち覚えてられない。

これを世界としていたら、そりゃあ視力も落ちてくる。

「意識」と「視力」の相関性なんて誰も研究しないと思うけど。

なんだか今度は漫画も読めない若者が増えているらしい。

僕としては漫画ってめっちゃ「受動」だと思う。小説と比べたら、全然解釈の余地が無いもんで。というか、視覚的にダイレクトだからか。考察を読むのは好きだけど、漫画って、そのシーンにカタルシスがあるかどうかだと思う。

でも、これって、現実でも適用できないかという説。

そもそも当人の世界観なんて創作っぽい。

もちろん僕も。

だとすると、なんとでもなる。

ここまで。

おやすみなさい。

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