あることないこと

22:08から。

タスクが多すぎて処理落ちしそうな今日この頃、仕事に間に合うぎりぎりまで寝坊した。満月さんから8時半だよと声をかけられて飛び起きて、煙草を吸って、ごみを出してアイロンがけをして歯磨きをして髭(ひげ)を剃る。

あれ、まだぎりぎりでも無いのか。

前職の時はお弁当もあいろんがけも前日に準備していたから、ぎりぎり20分前に起きていた。煙草を吸わなかったら10分前でもいけそう。

ということで、別に寝坊はしなかったという結論。

単に良く寝られたというだけのお話。

夜ご飯当番は僕の日。

本日の仕事もタスクだらけというか、作業をしている訳ではないけども動けないという意味の待ち時間がやたらと多くて平日なのに休日の時間まで残業になった。

食材は昨日一緒に買ったからスーパーには寄らずに済んだ。危機感を持っている満月さんは僕より少し未來寄りの意識になるからちょうど良いバランス。

洗い物をしてお米も洗って浸水しつつ、キャベツを千切りにしてツナ缶とマヨネーズとこしょうとお酢と醤油で和えつつ、中華飯の下ごしらえ。中華丼と一緒だということを初めて知った。白菜と人参とお母様に貰(もら)ったホタテとたまねぎを刻みつつ、オイスターソース、酒、中華だし、ダシダ、醤油の合わせ調味料(ちょうみりょう)を調合(ちょうごう)して、お風呂読書。

お風呂読書も30分くらいになっている。

個人的にはゆっくり読もうが急いで読もうが摂取量(せっしゅりょう)はあんまり変わらないと思ってきたから、もっと読む時間を作りたいとはならない。読み過ぎるとその世界に入り込んでしまうし、それが読書の醍醐味(だいごみ)かもしれないが、あんまり入り込み過ぎると現実に返ってきて持って帰るものが少なくなる。別に持ち帰る物が現実に活かせるかどうかではなく、単に時間を潰すだけに本を読むなんて人生劇場上もったいないなと思うだけ。

お風呂から出て、中華飯を作りながらご飯をお鍋で炊きつつ、煙草を吸いつつ、サラダを配膳。昨日仕込んだ味玉、かなり美味し。ごま油とオイスターソースとニンニクだけでちゃんと味が付くのかという想像だったが、ちゃんと味が付いていた。ラーメンに添えると美味しそう。単体に食べても普通に美味い。何よりちょっとだけ黄味が半熟になっている茹で具合が絶妙(ぜつみょう)。自画自賛(じがじさん)

中華飯は上だけちょっと食べたけど、美味過ぎ問題。

大昔の小学生時、オーストラリアに親族旅行したとき、何故か中華のお店に行っていくらでも食べられるぜってイキっていっぱい食べたら翌日胃腸を壊した歴史がある。お酒を呑んでなくてもハイになると許容範囲をオーバーするのか、僕だけ食中毒になったのかは不明。

そんなこんな中華系のとろみってトラウマだったのだが、徐々(じょじょ)に用法容量(ようほうようりょう)を守るようになって改善(かいぜん)している。丼ものであんまり汁(しる)っぽくなるのが個人的に嫌だから、汁気はなるべく少なめ。水分が多すぎると雑炊(ぞうすい)めいてくる。

やれやれ。

現実生活と精神生活はどうあっても一致しない。

たまたま岡田さんの動画を流していて、経済的な自由はお金があるかどうかではなく、才能かセンスが無いとお金がどれだけあっても自由でなないというお話。

僕も自由は可動域(かどういき)の話でしかないと思っている立場だから、あんまりあってもしょうがないとは思う。いっぱいあったらきっと配分に困る。

僕が宝くじに当たったとしたら先着順で配分しそう。

蓄えても可動域広くなる訳でもないし。お金を持っていない人がたくさんのお金を偶然に得たら、変な罪悪感があるという話はなんとなく分かる。お金を得たら色々できると思っている人にはそんなに現実的に想像力が不足している。

いや、これは今の僕の世界線であって他の人はどうでも良いのだが、僕はこの今に生きていることに不自由を感じない。自由って想像ではなく、現実をどうするかでしかない。

岡田さんと共通項なのは、自由とは「どれだけ面白がれるか」という見解、

これって、変な話、世界認識として不謹慎(ふきんしん)になる。

世界観に調律して深刻(しんこく)になれば世界観としての自由はない・

不謹慎な方がより鮮明(せんめい)に世界を把握(はあく)できるという不思議。

この視点が自分に向かわずに、見える世界だけという人は隠れたヤバイ人だと思うのだが。世界が自由になった後に自己を自由に観測する「目」が無い人はいっぱいるのか。

自己認識ほど「物語」が力を持つ世界は無い。

個人的に世界が面白過ぎるという世界観と、ちゃんと枠に従わなければという世界があって、これが均衡(きんこう)して、外から観測すれば普通の人に見えている。

あんまり面白がり過ぎて、外れないようにするのが大変だという認識だったのが、実はそこまで他者の枠を気にしなくて良い気がしてきた。

満月さんも、僕を歴代の恋人さん系譜で僕を認識しているようで、そうでも無い。

かつての恋人さんとの生活でできなかったことをしている。

これを僕の存在の実績だとしないことが、人生劇場を面白がること。

僕によって人が変化しているかどうかなんてどうでも良い。

このニュアンスで人を人として扱ってないと読まれたら僕の文章にあんまりもう登場させない方が良いかもしれない。

はい、おしまい。

おやすみなさい。

良い夢。

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