22:19から。
そろそろ春がやってくるのではという陽気から一転してまだ2月であることを想い知らされる。個人的にはなんとでもやってくれという感じだが、寒暖差で体調不良になる人が多そう。
体調いかがでしょうか。
僕は寒暖差ではないところで調子が悪くなっているのかもしれない。
精神的には下振れのバイオリズムなだけだが、体に出ているのがあんまりよろしくないと観測されている。本日は8:20まで寝てしまった。昨日もっと早く書き終わらなかったら寝るのが遅くなったという説が有力。ただ、仕事の休みが1日しかなくて、身体が付いていけていていない説もある。後者であれば、内側は無関係だから問題はない。前者だとすると、内部の時間が遅れているということになって、何か修正(しゅうせい)しないといけない。
まぁ、本日満月さんが早めに出て行った後に洗ってあるYシャツが無いことに気付いたときに特にパニックにならなかったから、内部は結構凪いでいるのだろうな。一着買った後に使っていないシャツがあるのは覚えていたし、それにアイロンをかけて事なきを得た。
ほんとうに調子が悪かったら、洗濯をしていないことに対する自責(じせき)なり他責(たせき)でパニックに陥(おちい)っていたかも。準備時間もほとんどないし、雨が降っていたからカッパを準備する時間もあったからギリギリ。このタイミングでも冷静に対処(たいしょ)できるのは、実は精神的に下振れでもない説。下振れにならにゃいけないという感じはあるのか。
さておき。
本日は裏方(うらかた)。
ちょっと行動することが少なくなったから一息付けた。優先順位について整理される。臨場感(りんじょうかん)に影響(えいきょう)されることは私的な部分では拭(ぬぐ)えないけれど、大事なことは、ちゃんと結果を求めているクライアントに調律(ちょうりつ)すること。他の人の仕事を奪ってまでとはならないけれど、このお仕事の面白みはそこにある訳で、ちょっと感覚がズレてきた。
時間軸として新鮮(しんせん)な熱を持っている人の方に優先順位が高い。ずっと迷っている人を決断(けつだん)させる時間に労力をかけるのは片手間(かたてま)で良い。スピード感というか鮮度で動かないとなと。
鮮度が無い人の方が人間味あって面白いのだが、ほどほどにしておく。
話を聞くことは楽しいが成果に直結(ちょっけつ)はしない。一期一会の世界で人を自分と同じような人だと認識(にんしき)していたら時間がいくらあっても足りない。
時間の話。
時の流れをどう把握(はあく)しているかは人それぞれ。
僕の時がどう読まれているかは知らない。もしかしたら生き急いでいると思われているのかも。たしかに、本を読んだり文章を書いたり、利益にならないことに時間を使っていると読まれそう。
ゆったり話すのに、1人のときは早歩きだし、家事も誰かと比べなくても時短のことをいつも考えている。優先順位としてスマホを触る時間がほとんどない。交友関係がほとんどないから私的な時間で調律(ちょうりつ)する必要がないもんで、満月さんとばかり調律している。満月さんの時間は、正味(しょうみ)動いているのかどうかは不明。未来の話より過去の文量が多いから、天秤的にはあんまり動いていないのかと思うだけ。
その分休日に漫画をスマホで読むのだが、漫画アプリをアンインストールしたところで特に何も無い気がする。世の中の情報更新に全然興味がないから、私用のスマホの画面が割れてもなんにも気にしていない。
世の中の情報更新という時の流れを把握しておかないといけないのは、それをチェックしていないと輪に入れない人間関係があるからでしかないような。そこに生きている人にとって僕は原始人だろうし、僕の文章を毎日読んでいる人は僕の時間において最新人。
という感じで、時と、時間は全然違う。
時の流れは絶対的で、時間は相対的。それぞれの時の流れをお互いが観測した間に時間がある。
自分の時の流れを時間としようとするとこは悪手(あくしゅ)。
誰もが自分の時を生きている訳ではない。というところから、社会という時間が共有(きょうゆう)できる場所が産まれたのだろうな。
変な話、約束とか契約もそうだし。
自分の時が共有できる人を時間が共有できると認識する人はどうなのだろうな。
満月さんは割と時間がてきとー(いや僕が最もちゃらんぽらん)なのだが、罪悪感なく時間として生きていけている気がする。同じ時間を生きるって、調律して合わすことではなく、お互いがお互いの時に生きつつ、時間が合うときに一緒の時間を過ごせば良い。
そろそろ満月さんが一切家事をしない文章タイムが起こるかもしれない。
そこに不公平(ふこうへい)を感じることは無いんだよな。たぶん、自分で全部調整することを面白がる質。
時間と時の概念(がいねん)は、別に意識する必要もないし、知識としなくても良い。
なんという無駄(むだ)なことばかり書いているものだ。
僕の時の流れとしては文章はなるべく漂流(ひょうりゅう)させたいもんで、一期一会で見つけてくれた人にはありがとうございますと言う。
はい、おやすみなさい。
良い夢を。