上下品

22:35から。

ちょっとお仕事で失敗した日。

店長とスーパー事務の中では僕の失敗とは換算されていない、良くあることとの認識だろうけど、ちょっとやり方を変えていたら成果になっていただろうというのが自己認識。改善策は波長を合わす側はあくまでお客様ということ。

原因としては、波長が安心よりで重くなっていた説。

分かり易く言えば、ちょっと調子が悪かったのだろうな。

出勤中なんだか心が毛羽立っていたし、ざわざわしていて、何か起こるのだろうなとという予感はあった。

「調子が悪い」ってだいたい何か外に原因があるという意味だと思う。

身体が上手く動かないとか、外で悪いことが起って精神が落ち付かなかったとか。

僕が言っている調子はリズムのこと。リズムがアップテンポになるのに着いていけなかった。安心寄りの一定の調子でやっていたなぁって。お客様のリズムに調子が合わせられなかったという意味。これだと嫌われても仕方ない。

調子は具体的には頭の瞬発だから読書時間を抜かすとすぐにギアが落ちるということにも気付いた。死守項目。

これって別に努力をしていこうではなく、自分を保つためにはこれが要るというだけ。

頭の回転を維持しておかないと社会生活の長縄跳びができない。

ポンコツかよ。いや燃費が悪いというか暖気運転が要るだけのか。

おそらく文章時間が欠けても人と話せない、外から見ると「人見知り」と認定される。

そういえば、伊勢神宮のお土産で買ってきた「利休饅頭」は本日出勤していた店長とスーパー事務から大好評だった。若手がやって来る前に食べ切ろうかと言い出すくらい。

お母様が美味しいと言っていただけある。

甘い物好きの上層部が美味しく食べてくれて良かった。

僕も一個だけ食べたが、餡子がすげー上品だった。

ただ砂糖で甘くしているだけではない。もともと餡子って保存食だからそうとう砂糖を大量に入れて保存できるようにしていたのだろうけども、今の時代、保存に関しては缶詰の方が強い。

こんなことを分析しているから日常的に思考していると認識される。

布目家の団らんでも満月さんが僕の言い回しを俎上に上げて笑われた。

「人をコントロールしようとする所作」みたいなフレーズ。

いや、別に特に何も気にしていない。あまりに日常化しているから意識されていないのだろうなというだけ。

人を操縦しようとする人は「他人を気にしている人」と認識される。

どういう因果かはともかく、

人を気にしている人ほど操縦の所作が多いという視界。

これって、自分の世界観の賛同者を増やしたいだけであって、あんまり上手い動きではないと思う。

何かをしなさいと言うのは変な話、誰でもできる。

子供に勉強しなさいと強制するとか。僕は言われたことはあまりないのだが、それを言うのだったら自分も勉強していないと通じない(伝わらない)のではないかと常々疑問だった。

いや、もちろんお気持ちは分かる。

ただ、言われてやったという経験ってなんというか外付けでしかなく、自発的に世界を収集できる人はそんなことを言わないよなって。

勉強をしなさいではなく、勉強の何が面白いのかを説明するとか、自分が勉強している姿勢を見せるとか、操縦ではなく協働するように仕向けた方がお互い面白いのではという説。

あえて苦しさを伝えるというのもアリだけど、苦しさって主観的なものでしかないから、同じく苦しい想いを経験させたところで、同じような視界にはならないと思う。

苦しさはどれだけ書いたところで観測対象にしかならない。

小躍り現象も観測対象だろうけども、自分の視界との共鳴にはならないか。

苦しさで繋がる関係、臨場感はありそうだが、お互い一方通行の視界でしかないよなと。

共依存っておそらくそういうこと。

小躍り現象は人を気にしない。

イタドリが繁殖していて、昔食べていたことを想い出すとか、本日の失敗は次に同じようなお客様が出てきたらもっと違うやり方があるよなとか、自分をちょっと外に置いている。

人を気にしない人の方が人に好かれるという動画を流していた。

気にするというのも定義として曖昧だけど、たしかに僕も人を気にしなくなった後の方が人に好かれているかもしれない。人を一切気にしないと意識してちょうど良い。

どれだけ気にしなくても名古屋走りはしないし、歩き煙草もしないような社会的視点はある。ついでに言えば、どれだけ酔っぱらっても割ときちんと話すネタは選んでいる。

満月さんは最近当たりが厳しいって言うのだが、これは操縦したい訳でも無く内側になっているから。別に何があろうと離れるつもりが無いからこそ気を遣っていない。

いや、他に好きな人ができたなら仕方ない。僕にはそういう世界線は無いけれど。

満月さんと離れたら一生独り身でええなと。

やれやれ。

「DIVE」が終わったもんで、次の小説を満月書庫から発掘。

「酔いどれ細胞説」というタイトルだけで選んだのだが、満月さんは貰い物で既読ではないらしい。同じ地元で僕より若い。文学やってきたのだろうなぁと言い回しが多いのだが、面白い。

個人的な面白みの基準は、文章を読んでいてきちんと頭の中に光景が想起されるかどうか。

三島由紀夫さんの小説は僕がまだ足りなくて光景化できない。

こんな感じの人生劇場。

おやすみなさい。

良い夢を。

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