22:48から。
昨日の日記を読み返していないけれどなかなかこじれている(アーサー・ボイル風に言えば捗っている)に違いない。
個人は時間・空間・繋がり(さっき読んだ)において言わばそれぞれがそれぞれの宇宙人みたいなものであって、同類が居るから救われるという話でもない。他の人もそうであるということで何か良いことあるのか? という、違っていても繋がって居れば暖かいというリアリティ。
独りであることが当たり前である認識の人は、自分の性質がどの類型であるかを気にするはずがない。個人的には話のネタくらいの認識。
まぁここはどうでも良い。
お仕事。
相変わらずの作業量。
抜けていることはあんまり無くなってきたのだが、それを売り上げに直結できていないところをてこ入れしないといけない気分になってきた。
こんなアドバイスは店長が最初から言っていたのだが実感として。
付き合ってあげられるけれど、そこに付き合っていたら、ちゃんと探している人に時間をかけられなくなる。
明日も相変わらず休日出勤なのだが、僕のお仕事というより、相手の劇場が気になるからあえて出勤するだけ。余力の話。本当に無理になればきっとやらない。
店長の出勤は自分のお仕事の為という世界観だから、微妙にズレがある。
あと、お仕事で面白いのが新人さん。
今日たまたま2人で話す時間が多くて諸々雑談したのだが、仕事はできそう。
受け答えが先輩女子より通常ルート。
店長も抜かれたら恥ずかしいと煽ってくるのだが、個人的にはどうでも良い。
時間をかけずに捌けそうだなという意味では店長の正当の系譜っぽい。
ただ、人と会話しているときにあわよくば自分の話をしたいとなるのはどうななのか。
僕のこともちょこちょこ聞かれた気はするのだが、あくまで自分の話をするところの添え物な感じ。
外向きのペルソナは読めるけども、本質は良く分からないなって。
ルックスは売れそうな人。賢いのはたしかだけど、根っこがあんまり分からない。
待って。もう寝る時間。
ここから、本の話をしたかった。
小説が産まれたのは18世紀であって、小説の定義は、事実ではないけどもリアリティがあるというところらしい。ここで思ったのはSNSで日記枠が読まれるのはそういう系譜なのだろうなと、
書き手の中では現実だけど、読み手にはそれが現実だと確証できる証拠が無いのに、それでも当人の存在を信じることができるという意味合い。
ここで言う現実は、感情が揺さぶられるというということであって、それが事実であるか虚構であるか問題では無い。
僕も自分の部屋の玄関の鍵が開けられる夢をいっぱい見ていた。
今はこの類の夢を見ない。
いくら現実味がある書きぶりだったとして、そこに画像とか引用情報があったとしても、他人と一致した現実としては生きられない以上、どれだけリアリティがあっても小説になるということ。
僕の文章はてらいなく書いているから小説の枠にもならないような。
だからスキが付かないし。付かなくても仕方ない。
本日仕事終わりのプライベートで我が母と満月さんのお母様と話して居たもんで、ここに当てる時間が無くなったからここまで。
ここの時間というか空間、相当脆弱。
おやすみなさい、
良い夢を。