22:03から。
なんとなく大丈夫な感じ。テンションとか気分とかバイオリズムと表現されるかもしれないけれど、個人的には色合いの声の大きさが変わっているだけ。
お仕事で調子が良いのかというと、特にそうでもない。声色によっては心配事が多すぎて絶望しそうな案件が2つ。
強迫的な色とかネガティブな色は調子が良くても絶対に在るのだが、脳内音声のボリュームの大小がある。調子が良いときは心配事の音量が凄く小さい。
ちょっと考えたところによると、良い風に捉えると現状を脅かすものが無い。悪いことが想定されると今が脅かされるから、脳はどうしてもこちら寄りになる。だって生き延びないことを志向する脳はないし。あるとしたら速やかに退場しているに違いなく、舞台に居る人はという限定付きになるけれど。
ちょっとした情報で自分を守ろうとして買占めが起こるというのは正常な脳の機能なのだろうなと。オイルショックの時にトイレットペーパーがスーパーから無くなったのも、最近スーパーから水が一瞬無くなったのも。
楽観脳は生き延びるためには悪手だから、個体限りという感じ。
変な話、脳の素朴な機能に抗っている。
悲観は無限で楽観は有限。
さておき。
今日の満月さん。
僕がご飯を炊いていないもんで、昼ご飯のおにぎりを諦めるのかと思ったら、冷凍ご飯を解凍してカレー(風味)チャーハンおにぎりをこさえてくれた。ここで凄いのは、あんまり寝た気がしないからって起床時間を遅らせたのに、本来仕事の準備時間ではないここをやっていただいたこと。あと、洗面所で髪を乾かしながらフライパンで何かを炒めるということをしていて、普通に凄い。
ご飯を鍋で炊くことに関しては、朝の支度の中で時間が途切れて焦がすことはままあるのだが、そもそも他のことしながらご飯を作ることができる人は出逢ったことが無いもんで。
(いや、僕がやっているからできると思って試行錯誤しているのか? だとしたら普通に尊敬対象)
さておき。
ちょっとお仕事。
なんだか雰囲気が良くなった気がするのだが、これもネガティヴな声が小さくなっただけかもしれない。店長と先輩お嬢のセットがしんどいなぁという声が今日は小さい。
スーパー事務が絶賛激務でイライラしているのも、あんまり気にならない。
変な話、ちょっと離人症くらいの方がまともに世界で生きられるのかもとか。
人は人だし、気分とか知ったこっちゃない。
調子が悪い時はネガティブな声が大きすぎて、あんまり人と話せない。
なんなら胃腸にも来て、お酒が美味しくない。
独りで良いと思える層の一定数は、他者のことを気にし過ぎて関われないと感じているから。おそらく猫の下僕の人はそんな感じ。弟勇者は自分の基準でしか相手に関われないから結果的に独りになっている。どちらも開いていないけど、過程が全然違う。猫の下僕の人は、社会に揉まれている。
個人的にはどちらの人も縁なもんで、嫌いではない。
嫁の友人と弟だが、嫁とは無連動で人として捉えている。
じゃないとつまらない。
次のステップは、この世界観を母親とも連動すること。
母親が持っている家族観には一切共感できないと言っちゃう。外から来る理由なんて、内側が嫌だと声を大にすれば覆る。そんな理由で生きてどうなんだろうって。
自分はそんな理由の世界で生きたいのかと自問すると、そんなのちゃんちゃらおかしいと返って来る。
明日はかいがい女子が出勤するから、貴方を尊敬したというエピソードをだいだいてきに触れ回ろうと思う。ほんと凄い。この凄さを観測しているのは僕だけ。
やれやれ。
「ブルーピリオド」で、芸大の試験が5時間で1つの絵を描かないといけないってなかなか地獄の世界だと思ったら、おんなじような試験をやっていたことを想い出す。
ここがしんどかった話はしたくないけど、働いていたらここの義務から解放されると思っていたことはある。
しんどいんではなくて、このしんどさを享受していないと生きている意味がないという感じだった。そこで勝ち取ったところで、勝ち続けるしかない。
僕はこういうごりごり自分を削って誰かに勝つみたいな世界では生きられないから、もうちょっと誰かとは比べらない自分を試行錯誤していくところ。
誰かがいっぱい読んでくれるかは知れないけど、インターネット世界にアップしている以上、誰かに読まれるかもしれないという感覚は常備すべきだと思う。
ねっとりてらしーというやつ。
読まれたいように書いている人はあんまり美味しくないもんで。
こんなの単なる好みであって、人格否定ではない。
ネット文章と市販の小説の完成度を比べたら、無料であるだけの価値しかない。
僕のも然り。
もう寝る時間。
満月さんは、自分の身体が冷えたときに布団をかけたり、抱きしめて温めたりする所作を微睡みの中で感得しているらしい。個人的にはあんまりバレたくない所作だが、バレたのであれば仕方ない。
愛に迷っているっぽい人が読んでいるところにいるのだが、愛って僕もあんまりもらったことが無い。だから、与えてなんぼという世界。与えたことに対してなんとも思わないのが愛なのでは。理由は無い。
はい、ここまで。
おやすみなさい。
良い夢を。