23:39から。
起き抜け。ちょっと電気ブランが残っている気がする。アイツは美味しいのだが残る。別に世を儚みながらというか逃避しながら呑んでいる訳でもない。
出勤してお掃除タイムの時に先輩お嬢が机をアルコールティッシュで拭いた後、店長、「なんだか酒臭い」との発言。ドキッとした。実際にどうだったかは不明だが、後ろめたいとこところがあると気にしちゃうのが人の性。
実際残っていると顔に出る(むくむ)からきっと大丈夫。
お仕事。
と言いながら自己分析。
店長が案内に行っていて戻ってきたとき、お客様と応対していてそれを見た店長、「硯さんが硯客をやっているから安心した」とのこと。
ちょっと人生に影がある人との縁があるみたい。
僕自体は内弁慶で小躍りする陽キャなのだが、ほんとの陽キャさんとはあんまり相性が良くない。ここで言う陽キャ、要は主観が主人公な感じの人。良い感じで関われたとしても、こういう人は相手の事情を加味できないから、あくまで自分の周りだけに優しい。それが良いという層が生粋の陽キャかもしれない。
僕も今や小躍りする陽キャ(どんな表現)だが、昔は色々あったもんで、色んな事情が分からなくても想像できる。人の話を聞いている時の主人公は僕ではない。読書も然り。
とか言いながら、ちゃんと人の心理を誘導してしまうキャラ。
これを恋愛方面に使っていた昔。ルックスがまぁまぁだとしても、モテるかどうかは別の話。
不倫をすることは一生無いから、ここでの誘導はする気は無い。
というか、割と無意識だったから意識的にできる気もしない。
店長ほど仕事特化はしていないのだが、やろうとすれば店長の後継者にはなれそう。
かいがい女子は営業手法が店長と似ているけれど、メンタルが弱い。
僕もHSPでメンタル弱いはずだったのだが、いつの間にか厚顔無恥になって来ている。
本日も満月さんがお仕事でプンプンしていたけど、特に影響が無いように仮面がある。
感受したことを全部自分に持ってくる必要はないと、普通なら幼少期くらいに学習するようなことにやっと到達してきた景色。
HSPってあくまで自己診断だと思うのだが、心療内科で診断されるような症状なんだっけ。
勝手な解釈だと、自他の世界観のバランスに苦労するだけ。
この「だけ」が人生を無理ゲーっぽく見せるのだが、週末論とか宗教とかにはハマらないような気がする。いや、僕は原始宗教のことは認めている。
こういう意味では通常の感覚を持っている人の方が逆にしんどいかもしれない。
社会学の人が書いた資本主義の本で、資本主義の世界観は終わりが無い終末論という話がって、投資とかって長期の安心かもしれないけれど、終わりなき不安が付きまといながらの安心になる。
流れてきた動画で、持ち家の人より賃貸の人の方が幸福感を持っているという話もある。
安心ないし安泰は不安とセット。
所有権ってちゃんと所有物を管理しないと怖いことが起る。
お仕事にちょっと戻ると、僕の語りにハマっちゃう人は、硯ゾーンに入っているらしい(店長談)。あんまり変なことを語っているつもりは無い。僕はあくまで語り部ではなく聞き手だから、当人がそのままで良いなって思いながら話している(装飾)。
そんで、僕が存在として得しているのか問題。
あえて変なことから。
僕はちゃんと空気を読むし、カップルの修羅場に居ても割と冷静だから、添え物として参加させれらる場が多くて、無茶苦茶空気を読むことになり、自分を削っていたという認識。
今や、満月さんという嫁の実家という最も空気を読まないといけない場でソファーでぐでんとしたり、1人だけお酒を呑めるようになってきている。もちろん最低限の空気は読んでいる。僕の存在が不快にならないようにくらい。いや、普通は不快になるような振る舞いしかしていないのだが、満月の長が赦しているもんで、自由。
この違いって、相手の縁はもちろんあるけれど、世界の景色が変わったからというのが強い。基本的に嫌われないのだが、その場の主催者に合わせなくても自分で居て良いなって。
そのうち満月さんの実家で勝手に料理作って振る舞っても良い。
厨房の当たり前をぶっ壊されたら怒る人も居るだろうけど、お母様はきっと気にしない。
スーパー事務に対しては滅茶苦茶得している。
今お仕事場では試験の時期で、かいがい女子が禁酒しているし、店長もテキスト読んで頑張っているらしい。
僕が飲んだくれで、休日を満喫しているにも関わらず、硯さんはやることはやっているよねとスーパー事務に認識される。個人的には申し訳ねぇから、帳尻合わせで、今後の休みを勉強全振りしたい気持ちもあるのだが、満月さんとの生活パートもあるもんで全振りはできない。
僕の場合、時間かけたから成果が出るみたいな分かり易い人生劇場ではないもんで。
ほんと、我がことながら、時間に比例しない奴。ほんと操縦が難しい。こういう認識だから、人のことを第一印象だけで決められなくなっとるのか。
僕からは満月とお別れするつもりは無いから、ワンナイト以外満月さんから振られない限り、ときめきメモリアル的な不倫の世界はない。寂しくないもんで、女体に楽しみが無い。
やれやれ。
哲学したい人は、鷲田清一さんを読むべき。
時代がむかしなはずなのに、マスクによって匿名性が産まれるという話があった。SNSもにちゃんねるも無かった時代だろうに、人間性はツールの前に決まっている。
匿名性も面白い概念。
Xみたいな、短文とか動画で投稿できるコンテンツは純粋な匿名性がある。
なんならティックトックも自分を匿名化した世界観。
ここで面白いのは、匿名の世界なのに素朴な承認欲求が満たされる世界観。
若干資本主義っぽい。営業的な利益でやっている人も居るだろうけど、スキが嬉しいのは、自分を投資した分が回収されている気分になるからだろうなと。
こういう世界観で、スキを蒔き散らかしている(もちろんちゃんと読んでます)けども、僕の文章にスキをされたときは、僕が世界から認められたという感覚が無い。そんなことより、僕の文章にスタンプした人はどういう変人なのかという興味の方が本筋。
ありがとうでなく、在り難い。
匿名体だとしても、文章を書けば書くほどお里が知れるでもなく、その人の素朴が読める。
愚痴っぽいことばかりしか書けないのは世界に甘えているし、浮き沈みで世界の解釈が変わるというのは素直。哲学とスピリチュアル系を書いていたとしても、かみ砕けて居ないからウィキペディアみたいな文章にしかならない人も居る。
僕は文章体と現実をそんなに変えなくても良いかなと思ってきている。
仕事場では踊れないけど、心はまぁまぁ踊れてきている。
面白いことを書く人はフォローします。
情報を発信するというより、世界の解釈の話。
僕をフォローしているようなやからはだいたいやべぇ奴と思っています。
文章を読み合ったら現実に逢うことがなくてももはやお友達。
友達の定義について今度書きたい(たぶん明日ではない)。
現実的にお友達居なくて良いし、noteでいっぱい友達できて来たなという感覚の話。
夜更かしし過ぎたが、明日はお休みだからOK
おやすみなさい。
良い夢を。