せつめい

23:04から。

人生は言い訳を必要としないように生きた方が良い。

理由は外から説明を求めれた時に必要になるものであって、内側ではいちいち気にしない。

お仕事。

なかなか忙しかったのだが、あんまり心が削れていない。

このお仕事になったのは、もっと人慣れしろよというお告げなかもしれない。

これって別に冗談でもなく、素朴な自分で居るより、相手とか場に合わせるのが是なのだという認識がずっとこびりついていたもんで、自分が楽しむより相手が楽しめば良いとし、なるべく空気を壊さないという世界観があった。

だから人と接するのがしんどい。

ただ、色んな人と接してきて、なんというか、自分の重さと共通の世界観を持っている人なんてほとんどいないことに気付く。僕の重さは世界に愛されたいではなく、世界を愛したい側だもんで、愛されたい層の気持ちは分かるけど、あんまり共感はできない。

一時期愛されたい層と関わっていた時期があって、それそれは共依存になった。

僕は携帯を定期的に潰すので、連絡先はもう残っていないし、元恋人さん達だいたいSNSやっていない。

(まぁ向こうも今更話すことも無いだろうし、僕としてもそんなに時間は無いけれど、縁があれば再会して一言二言話せたら面白い。他意なく)

僕は世界からよしよしされた方があんまり動けない天邪鬼。

この辺り店長は分かってくれていて、そんなに僕のことを褒めない。褒められ方によって当たり前ですけどとなってしまうもんで。

スーパー事務の僕に対する褒め方は、ちょっと次元が違う。

生き甲斐みたいなところ。自分がやりたかったお仕事をやってくれているという意味合い。

先輩お嬢とかいがい女子はまだ若いから、まだ仕事に素朴な自分を持って来ている。いや、年齢の問題かどうかは分からない。

かいがい女子に「硯さんの見積もりは信頼できる」みたいなことを言われたが、僕はこういう事務作業がとんと苦手だから、正解にできている気がしない。このお仕事、見積もりが相手の会社によるもんで、記憶力ではあんまり対応できない。ルールがいつの間にか更新されていることもあるし、信じるな疑えと想う。

人間関係が苦手になるのは、単なる知識不足というのもある。どの場でも正しい権威みたいなルールがあった。ただ、この権威的な正しさを自分の確証だと思っている人は個人的には時代遅れ。

説明不要の「正しさ」って、価値観が一元化している世界、例えば宗教とか、高度経済成長期とかなら問答無用でその世界に従って生きれば良いとなるのだが、現在日本だとそんな世界がまかり通ることは無い。

説明しない正しさを主張する人のことは公私問わず信用しなくて良い。

決まり事ですからっていうお役所仕事が従うしかないけどなんかもやもやすると同じ事。

僕は基本的に相手の世界観を尊重する質だが、満月さんの正しさを更新している気がする。

僕と世界線が交わった後の方が活動的になっているし、特にして欲しいと脅迫してもいないのに。

やべ、寝る時間が近い。

そう、説明、明るく説けるかどうかでだいたい人の説明がつく。

別にこれって言語だけではない。

最近お客様で外国籍の人が多くなっていて、ここは日本だから日本語の土壌で関わっていて申し訳ないと思いつつ、あんまり疎通ができていない気が満載。事務情報が上手く伝わっている気がしない。

ただ、同じ日本語圏でも厳密に疎通ができているかと考えると、なんだか微妙なところだなーと思うと、疎通は言語の問題ではないという説に至る。

僕の素朴な世界だと、別に言葉で疎通している感じが無い。

満月さんは普通ぽっく言葉で疎通したい感じがありそうだが、割とお構いなしで、言葉での疎通を無視することもある。

同じ日本人だからなんでもかんでも伝わるなんて世界は無い。

ある個人の語彙は義務教育の国語の語彙、ないし当人の語彙で留まっているから、国語辞典の一般語用より狭い。

あとは当人がどれだけ本を読んでいるかいうところ。

小難しい本って時間つぶしにはならない。時間をかけることになる。

読書枠の時間潰しの作家さんの本は全然読む気が無いのだよな。

一般的に読まれないけど、分かる人だけ分かれば良いみたいな文豪気質が好き。

漫画で異世界モノが流行っているのは、ルールの外に出るのが自由なのだという感覚がありそうだが、ルールって、そもそもその外に出たらルール外。

もっと色々あるのだが、時間切れ。

日記なんて睡眠時間を削って書くものではないのにちょっとやっちまった。

明日もふるふるタイムでお仕事してきます。

おやすみなさい。

良い夢を。

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