ホロ

22:20から。

最近やってきたダブルベッドの敷布団がかなりいい仕事をしている。

満月さんが中途覚醒無くなって安眠だわと言っていて、そういえば、僕も満月さんのアラームが鳴るまで起きてないなと。

やはり、ビールと布団は良い物を選ぶべき。

ともあれ。

お仕事。

打ち漏らしたお仕事はあるのだが、なんとなく恙ない。

スーパー事務とかいがい女子との雑談が仕事上一番面白い。変な話だがこちらも慈善事業ではないから、バックが高い商品でやっていこうねという話ができるのは仕事っぽい会話。

先輩女子は今後おそらくどうやって自分の位置を守っていくのかというお仕事になるから、安泰であっても楽しくないだろうなとか。

まぁここはどうでも良くて。

店長から若干俯瞰的なお仕事的な意見を求められるのが面白い。

俺のスタンスはアレコレだけど、これで良いかな? って。おそらく僕が居ないとこういう話になることは無い職場だったはず。聞かれたところであんまり適切な返しができる訳もないだが、店長が正直になれる職場ってめっちゃくちゃ面白い。

良い報告なんて要らない。どこに懸念材料があるのかを報告してくれないと現場に居ない自分には分からんもんで。こんなの理想の上司じゃなかろうか。

スーパー事務はうらわかき組に色々想うところがあると見受けられるのだが、店長から圧が凄すぎるからセーブかかった。その想うところも含めて全部の圧を硯さんに向けるけど良いかな? と言われて、即答で良いですよって答える。

スーパー事務は気分で仕事しないし、できることをしなかったところに圧がかかるだけであって、ちゃんとしている。

僕が仕事をしている視点の他に、スーパー事務の視点を想像してブレンドすると結構視野が拡がる。仕事中はこの人だったらどうするかなという感じを頭の隅においておけば、あんまり変なことにはならない。こういうのが読書脳の流用。

店長の視点は、上層部の意向というノイズがあるもんで、あんまり統一的には把握できない。

トレースするのは難解なのだが、いずれブレンドしたい。

この僕にとって理想の上司である店長、満月さんへの評価がなんだか爆上がりしている。というか、もともと爆上がりしていて正直になって開示されてきたのか。

結論から言えば、社会に出ていることへの理解があるということが素晴らしいとのこと。

店長の奥様はあまりきちんと社会に出たことがなく、世間ずれしているとかなんとか。別に愚痴っぽい感じでは語ってないから、うちの嫁はやらんぜよともならない。満月さんでも店長の社畜ぶりは赦せないと思われるから、どちらもずれていて店長夫婦は良いカップリングという説。

本日、せこせこ残業していたら、満月さんが待っているだろうからやることやった帰ってよーと言われる。いや、僕が満月さんを待つ側ですわと答えたのだが。

なんだか店長の認識が更新されている気がする。もちろん上層部から我が店舗のスタッフ働き過ぎ(僕の罪)というお達しがきたこともあるだろうけども、僕が就職したときから比べると随分と柔らかくなった。

満月さんはやりません(大事なことなので2回言いました)。

LINEが返って来なくてちょっと心配しているけども、仕事が忙しいんだろうなという信用がある。

やれやれ。

昨日の日記を読んだ満月さんが、「私は硯の日記を読むことをやめます、勝手に傷付くから」と宣言する。

たしかに、ここに忖度するようなことは書いていないし、傷付くだろうなとは思う。ただ、僕は僕で生きるしかないし、あんまり気にし過ぎてもいけない。

僕の中には割とサイコパスな性質もあって、満月さんを弄って楽しむところもある。

楽しむというか、もっと認識が更新されそうだよねという感じが精確。

昨日の憤怒氏の文章も視野が狭すぎた。

憤怒氏は常識的だけど、ほんと主観の世界の人。いや、まごうことなき僕なのでちゃんと受け止めているのだが、自分だけが負荷かかっているという世界観は楽しくない。

満月さんは今物理的に時間が無いことを度外視する憤怒氏。

時間があれば生活パートもやってくれるかは知らんけど、怒りって視野狭窄になってないと起こらない感情。

と、あくまで僕は人生劇場を解釈している。

もちろん子育てとかするようになって怒らないといけない時にはきちんと怒るつもりだが、主観的に怒ることはおそらく今後ほとんど無い。

「うしおとら」を感動しながら読んでいるのだが、僕が人間を捨てたものではないという世界観を醸成したのは、この漫画が原因なのではないかという説。日本昔話よりよほど響く。

でも、別にあえておすすめはしない。

結構リアルにダメージ受ける描写が多いもんで、時間潰しに読むようなものでも無い。

やれやれ。

本日たまたまnoteで限定公開されている記事に「ジャッジ」という言葉があった。

社会学畑からはこれって「第三者の審級」とかなりつつ、自分がジャッジされているという感覚を女性が持っているのは珍しいなと思いつつ。

僕もというか、人ってジャッジされることは回避できない。

満月さんの後輩からは変な(いやお父様チョイス)のTシャツでコンビニに行ったことを観測されて、面白い(やや卑下寄り)とジャッジされているに違いない。満月さんのお仕事場の人には特に興味がある人は居ないし、どんな評価をされていても気にならない。

僕は満月さんを職場で悪くは語っていないのだが、満月さんはどうなのだろうな。

僕の否の部分ばかり語っているのか、是の部分を語っているか。

この、他者からの観測を自分とする視点、とても分かりみ。

昔は僕もそうだったから、他人からの評価=自分の存在という認識になるのがまぁまぁ普通。

それを前提にするのは、もう駄目っぽい。

どうジャッジされるかなんて、存在にとってどうでも良い。

ジャッジされる、ジャッジする世界で生きている人は、他人を気にする余裕が無くて、自分事で生きることに誘導されている。

少なくとも僕は自分をジャッジしながら生きる余白は無い。

誰かから自分がどう評価されているという世界に生きるべきではない。

これが、当人にとって善なのかは知らない。

考えることも多くなるし、刺激に過敏にはなる。

はい、時間切れ。

おやすみなさい。

良い夢を。

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