22:32から。
脳は老化しないというけれど肉体は劣化する。これって、どちらかというと、身体に脳を合わせているだけな気がする。
若い頃より脳主導になっていて、ちゃんと合わせて動いてくれているからなんとなく自分になっている感がある。あんまり意味分からないと思うが、脳主導っておそらく一般語用で言うところの意志と行動の一致。やらなきゃいけないことは外から来ているから行動までにラグがある。やろうとしたことはすぐそうなっている。
身体は太ったのだが、これも環境要因で、たぶん満月さんも僕も18時くらいに終わる仕事に転職すればみるみる痩せると思う。
どうでも良いけど、ジャッキーなご飯ってすぐお腹減る。というか、あんまり満腹にならない。満月さんのおにぎり2個の方が遥かに腹持ちする。
満月さんが今日も私に対する苦言を書くのねと言いながら寝床に入って行った。
僕にはそんな他意は無いのだが、そう読めるらしい。
いや、そう読めるだろうなと読解はしているのか。
それでも改めるつもりはない。改めたらここの意味は無くなるし、別にここはそういう場でもない。
別に本音という訳でもないもんで。
個人的には、本音なんて言語化できるもんかいなという立場。言葉ではないものにじんでいるのが当人の本音というか、存在。
さておき。
本日は割とお勉強。
僕に合う勉強法は、こつこつ覚えていくようなものではなくて、雰囲気で解答がなんとなく分かるまで触るだろうなという感じ。たぶんトータルでかける時間はあんまり変わらないのだが、覚えようとしない方が残る。雰囲気まで自分に馴染めば思考対象にできるし、変に知識という財産にもならない。こうなってくると他人にひけらかす物も無いから、薀蓄野郎にもならなくて済む。
薀蓄の人も別に良いのだけれど、知識の角度が1つだからコピペみたいなことしか語れない。外から見たらこの人知識がいっぱいあって凄いなぁとは思うのだが、なかなか余裕が無さそうな気がする。
さておき。
2連休。なんとか先輩女子に助けてもらって出社は免れた。
初日の休みで書けなかったのは、時間というか、諸々で書くキャパが無かったから。
大衆居酒屋っぽいところに行った。こういうの久々。
まずはゴミ箱が爆発していて衝撃を受けたのだが、満月さんにはあまり見えて居なかったらしく、あまり響かなかったらしい。(帰り際時間差で衝撃が響いた)
これがHSPなのかというと、そういう性質を看板に挙げている人が同じようなことを書いていることが無いから違うのかもしれない。なんだか色々気になる。まず店の規模に合っていない2オペで忙しそうにしているから注文がしにくい。あと1人店員さんが居れば気兼ねなく生中を自分のタイミングで注文できた。
いや、注文した方が店の利益になるだろうという見解もあるのだが、これって企業規模の視界であって、具体的にあくせくしている店員さんにはほとんど関係ない話。とはいえお客様の立場だから、タイミングを合わせて注文はする。
一服しに外に出たら、同じく一服していた別テーブルの人から何故か話かけられた。
このお店こんなにカオスなんですか、僕も今日初めて来ましたがゴミ箱が爆発していますね、こんなのベトナムでもない、ベトナムに行ったことあるんですか、ベトナムには仕事で何回も行っていて中国にも4年住んでいました、このお店の光景晒そうかと思っています、お疲れ様でした。
みたいな会話をした。
満月さん曰く、最初から店長に絡んでいたグループらしい。僕は別にゴミ箱の爆発についてこの店酷いなと共感するつもりはなく、単に現象として観測しているだけだから、それほど盛り上がらなかった。(盛り上げるつもりも起らなかった)
しれっと個人的な情報を仕入れているのは営業会話スキルなのか(んな訳ない)。
大衆居酒屋っぽいところ、昔は良く行っていたけれど、情報量が多くて今の方がしんどい。
昔の方がまどろんで情報カットできていた模様。今の方がセンサー広いもんで。
外食が苦手な本質は情報量なのか。
なるほど納得。ジンギスカンのお店の情報量は好き。あんまり気にならない。
さておき。
本日BGMでYouTubeを流しているとショート動画に人のLINEのやりとりを外から観測して評価するという下世話なのがあった。下世話なのだが、電車で通話しているのがノイズなのと同じように、中身を認識しないと不安という心理を突いている。
ここで面白かったのは、バイトのシフトを頼む下り。
14:00~22:00のシフトに入れなくなった人が、大学生に交代を頼んでいるのだが、大学生は15:00からなら入れますと言う。これに対して頼む側は、あくまで14:00~だし遅刻になるから店長に言うのは頼まれた側だと言う。
結局シフト交代は失敗したのだが、認知の水準のズレがあると話しが通じないというのが面白いなと。
もう1つ組み合わせると、文系脳と理系脳の違いというショート動画を投稿している別アカウントの人の説明がなるほどなと思った。
場面を想像しながら読んで下さい。
飴が10個あります、太郎君と花子ちゃんがそれを分けます。お互い何個ずつですかというシーン。
文系脳だと情報に自分で何かを加えるらしい。太郎君と花子さんのディティールとか、飴ちゃんの包装を一個一個買えるとか。
理系のだと情報は情報のまま、記号化して太郎君だろうが花子さんだろうか〇の下に大の人にするらしい。
僕はこの下りに関しては理系脳だった。
知らん人は記号だろうと思った訳ではなく、算数の問題を解くときに補足の情報は要らんという感じ。
いや、なんなら国語問題の時にもあんまり情報は加えていない。
作者の意図を答えろみたいなのはなんとなく当たっていたのだが、解きながらこの問題何の意味があるのだろうと思っていたのは確か。
ただ、本日満月さんが帰って来た時、「私は今空腹です、私は今不機嫌でしょうか」という問題をされたとき、僕は不機嫌では無いと答えて正解した。
満月さんは空腹のときはだいたい不機嫌になるとかの前情報が必要だからローカル問題なのだが、なんだかあんまり不機嫌そうな顔ではないなという情報を補足して解答しているから、ローカルでは文系かもしれない。
こういう言語情報では人のことは分からないという認識。
というのも、本日お勉強で、不動産鑑定基準の原文を読んでいて、細かい知識はともかく不動産って見る人からすれば概念として認識されるのだなという知見になった。
投資の対象だったり住む場所だったり諸々あって、物理的な物体としては認識できなくなってくる。
ということは、大人になるって、世界が物理的に拡がるということではなくて、自分も含めて概念化されてしまってくることなのではということになってきた。
概念は物理的現象も含んでいるから別に無敵の人にもならない。
いや、そんな大人、僕の人生劇場の物理空間では居なかったもんで、ほんとうにそうかは分からない。でも抽象化すれば、そういう境地になっている人は結構居るような気がする。
変な話、日本の感じで物理的に触れられる人ってそんなに居ないのに、物体として観測できるって面白いような。オトナになったらハイタッチもないし、フォークダンスみたいな握手もしないし、他人の実感が薄い。
別に触らなくも実感があるならいいけれど、触感が無い人はあくまで他人なような。
なるほど、だから恋人制度ができたのか。
知らんけど。
おやすみなさい。
良い夢を。