かてい

22:13から。

こういう時の為に、ブラインドタッチがある。

デヴィットリンチの「マルホランドドライブ」。

満月さんが本日1人で映画を見て来たとのこと。何回観ても面白いから、硯にも見せたいって・

急遽U-NEXTの登録をして今観ている。

視ながら書いている。字幕なもんで、目の注意は映画に9割くらいは映画に向かわないといけない。

なかなか難しいようで、おそらくそんなにできなくはない。

見ないほうが手にしゅうちゅうできるし。

まだおそらく半分くらいなのだが、もしかして何かの撮影だったとか、夢だったというオチなのではという気がしている。この人の作風知らないからよく分からないけどもカメラの視点があんまり映画っぽくないような。これ自体がドラマのドラマ?

知らんけど。

でも、面白い。意味が無い様でありそうな断片が繋がってどうなることやら。

何回か見たら劇評書けそう。

さておき。

お仕事。

昨日の駄目出しはなんてことは無かった。

前情報がないから、心配して大変だった。また学習できて良い。

本日の日報にまた新たな謎なコメントが残されていたのはともかく。

誰のことを言っているのかがワカラナイ。謎が謎を呼ぶ。問題解決できない。

細かいお仕事の話を書くような感じではないから、大まかに。

もともと偏見はない方だが、このお仕事で「お仕事」という防波堤があることによって、余計に偏見が無くなってきた気がする。仕事上の関係はあくまでプライベートに侵食してこないもんで、ある意味どれだけ踏み込んでも問題ないという意味合い。

何もレッテルが貼られていない層の方が、関係が多いから容易く切れる。

この切ったり貼ったりできることに人間味があるのかというと、微妙なところ。どこか刹那的というか空間的。

偏見が無いということが善いことだというのもちと違う。

偏見って色んなところから出て来た安全策というか安全パイだから、これを完全に排してしまうと危険になる。

フグが食べられるようになるまでに犠牲になった人々は偏見が皆無だった人達、みたいな。

こういう意味で偏見はブレーキだから、もとから無いでは足りなくて、ある程度収集した上でブレーキを取っ払わないと意味が無い。

偏見は一度作ってから壊すもの。

アインシュタインさんの続き。

今の時代の偏見が無いようにという教育方針は、最初からブレーキを備え付けなくて危険な感じ。類型的な捉え方は偏見だけど、一定程度お祖母さんの知恵袋的な合理性はあると思うし。

とはいえ、その一定程度の信頼を全幅にすると、変なシステムになるのはたしか。

少年法とか、障害を持った人は部屋を借りられないとか。

法律も投資も安全パイがベースだけど、僕はそうじゃないよなとは思ってきている。

目的が仕事とはズレているからこんな感じになっているのかと思いつつ、ちゃんと仕事にはなっているから問題は無い。今のところ。

片手間だとここまでか。

もうそろそろ寝ないと。

まだ映画は終わっていないが、先に書き終わってしまった。

別にきょうだけで書き終わるようなことは考えていないもんで、分散したら良いか。

良い夢を。

おやすみなさい。

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