22:27から。
母親から「良い時に電話して」とLINEがあったのだが、良い時が無くてこんな時間。
もう電話する時間ではない。母親ラブの満月さんから怒られるに違い。
残業パンパンでリクエストの美味しい豚汁をこさえていたからできなかったと言ったら許されるだろうか。そんな訳はない。
お風呂読書タイムを削って連絡したら良いじゃんという話になる。
ただ、変な話、もはや世界に赦されながら生きるような人生劇場では居られないし、自分の時間の方が大事。こちとら暇つぶしにお風呂読書とか文章を書いていないし、なんなら料理だってそう。「暇だからできている」という概念ではない。10分の電話タイムで何文字読めるか。
まぁ、明日連絡して謝るつもりではある。
「忙し過ぎて電話できませんでした」と。こういうので蔑ろにされていると認識する人は家族でも僕と付き合っていけないと思われる。情報の更新を持続するのが家族の証しではなくて、お互いの時間を尊重するのが家族だと思う。
この辺りは疑義があるかもしれないが、特に読者様にも赦されるつもりがないもんで。
逆を言えば、僕は誰に対しても許す許さない、みたいな概念で生きていない。
(ある人に一生許さないと言われたことがあるのだが、許すか許さないかは客体(対象)の問題ではなく主体の問題だと思っている。ここも疑義がありそう。
さておき。
今晩は昨日肉を食べ過ぎたもんで、野菜+淡白なたんぱく質day。鶏ささみをレンチンして裂いてベビーリーフとサラダ、蕪の浅漬け、昨日焼肉が終わってコンビニに寄ったときに勝ったごぼうサラダ。
草尽くし。
そういえば、お仕事の話。
まずは焼肉。
美味しいのだが、先輩女子が居たもんで話しが盛り上がらない。系列店と合同だったから先輩女子がオタサーの姫みたいな扱いになっている。話しに飽きるわ、お酒も追加できないわで醒めてしまった。
個人的に、なんというか、飲み会って自分の仕事上有用な情報を収集する場では無くて、仕事場の人の仕事場以外でどう生きているかを聞ける場という認識だから、仕事の話を延々とされてもつまらないなーって読んじゃう。
僕もそんな場で仕事の話をしたくも無いのだが、場がそういう風に染まっていたら、諦めて仕事の話をする。そんな情報交換、仕事場でできるよねって思いながら。
次の仕事上の飲み会はかいがい女子の送別会をスーパー事務と個別的に開催する場。
僕に仕事上の愚痴がありそうという予想がありそうなのだが、僕は別に愚痴っている認識はなく、職場に居る面白い人達のことを語っているという認識。
職場の愚痴という文脈だと、店長の存在が悪影響という話を書いたが、客観的に見れば僕の存在も悪影響だよねぇという話をしてみたい。上層部からどれだけちくちく言われても一定のメンタルを保っている中間職が居るという職場、新人からしたら私もこうならないといけないのかってなりそうだなって。そこはメンタル柳ですまんやでと未來にやって来る新人に謝りたい。
店長より先輩女子より教育係には向いているのに、教育できる時間が無さ過ぎてかいがい女子に世話を焼けなかったのが勿体なかったなと思う。
余白があり過ぎるもんで、どんどんそこに忙しさが集まって来る。
これをしんどいと解釈するのではなく、なるほど、僕ってもっとできるんだろうなと読みとちゃうのがメンタル柳。鋼だと反発するけど、反発しないもんで。
もっと何かできるんだろうなという思想は未来に向いているのかというとそうでもない気がする。未来のことは知ったこっちゃなく、あくまで「いま」何ができるのかという話。
という意味で、経験則は信じていない。あくまで人が経験から抽出できる方法論は偏っているし。これを信じれば信じるほど、しんどい自分もセットで生きるしかない。僕が信じているのは、経験そのもの。この過程だけが人にとって固有だし、応用も利く。結局経験則じゃんって解釈されそうだが、則だと経験外のことには対応できない。過程として認識して居れば、まぁそういうこともあるよねとなる。頭の柔らかさの話かもしれない説。
最近頭の中の鍋でぐつぐつしている項目の中に、予定と保険は同じ観念だなということがある。
未來って今とは距離があるから、物理的な移動の概念と近い。
時間認識の速度が一定であるという共通認識だけど、僕はここを信じていない。人間が認識する時間って、物事の移り変わりの移動だけど、これは相対的でしかないという解釈。
予定は、自分の存在が未来まで維持されているという前提ありきでできること。
これは目標とか夢とかでも良いけれど、そうなると自分が変化できるという認識に昇華するかちょっと違う。
保険とか貯金とかは、今の自分が未来まで移動するときに今が維持されないという不安が前提にある。
別にどっちでも良いのだが、要は、人の時間の概念って距離というか空間認知と類似なのだろうなと。時間を空間として把握しないと、物事として話せない。
個人的には時間って「いま」しかない。指標としての方は測っている。二度寝するときに満月さんのぐーすかぴ―を聞きながら、あと何分寝られるのかみたいな。だいたい数十秒誤差で当たる。
もう寝坊ができない人になってしまった。
満月さんも寝坊しない人。眠りが浅くても身体が社会時間に調律されている。
もっともっと書けることはある。
「もやもやする正義」という本を読んでいて、これに対するさらにもやもやとか。
なるほど、僕の文章もある意味では作品だけど、過程としか思っていないからスキをされたところで承認された気にはならないのか。嬉しいけれど、僕の存在が認められたとは想っていない。
今日はここまで。
だいぶ書けたと思われる。ほんとは毎日書きたいけど、僕も現実で生きているもんで、このタイミングで書けないことはある。文章を書くギフトを貰っていないもんで、文章に対して振り回されない。
はい。
おやすみなさい。
良い夢を。