あとはねるだけ

22:05から。

昨日の日記を読み返したのだが、なかなかぼやかしている。

ちゃんとまとまったことも書けるのだが、そういうことをしていない。

僕のは取り留めないだけだが、森鴎外さんのは文豪だなと思う。

言葉を省くのが天才。どんな文豪も何を書くのかというより何かを書かないかにギフトがあるのだろうという気がする。高瀬舟はグロい、山椒大夫はほろりと泣ける。

僕は天才には憧れない。だって、天才って所与のギフトに振り回されるからあんまり人生を謳歌できないような。何も荷物が無い状態で生まれ落ちて良かった。好きに持ち物を選べるもんで。

さておき。

お仕事。

先輩女子とスーパー事務との3すくみ。先輩女子は雅に仕事をする。その仕事振りに対してスーパー事務がやきもきする、なんならちょっとイラっとくるらしい。そして先輩女子の雅な仕事のしわ寄せが僕に来ているらしい(無自覚)。

スーパー事務の話を聞いていると、滅茶苦茶慈悲深い人。

教育という役職でもないのに、先輩女子の認識を仕事ができるように世話を焼くなんて、徒労という名の愛と言える。これだけ気をかけてくれる先輩なんておらんのに、スーパー事務の職場上の価値が分かって居ない模様。

ちょっと店長のパワハラめいた発言について盛り上がった。

僕は気にしていない。いや、最近気にしなくなるように変化したのか。どんな理不尽を言われようができることしかできないし、それなりに僕が成果を出しているという椅子も取っているし、何より仕事が忙しいもんで一喜一憂する暇がない。

僕の話ではなく、今後入って来る新人が店長の僕に対するちくちくを聞くのは悪影響だろうなというのが主旨。自分に影響しない発言でも、パワハラめいた発言がBGMで流れてくる職場で働き続けたいとは思わないだろうから、駄目ですよねって。

先輩女子が他人事のように聞いていたから、「他人事のように聞いていますけど、今後の新人の入りにくさには先輩女子も含まれていますよ」とぶっこんだら、「分かっています」と返される。そのやり取りを聞いていたスーパー事務が大爆笑していた。先輩女子が帰ったあとに、「よく言ってくれた」と何か褒められた。

店長と先輩女子と僕のトライアングルに入って来られる新人はなかなか居ないと補足しておいた。世界には悪者が居る訳では無く、単なる相性の話。縁とも言える。

僕は新人がやってきたら世話を焼きたい質なのだが、上層部からすれば新人の枠だから、かいがい女子に全然世話を焼けなかったことが悔やまれる。

どうでも良いけども、「世話を焼く」という表現、好き。

ある意味お餅のようなもので、焼き過ぎると焦げて食べられらなくなるとか、火を入れないとそもそも食べられないとか、この慣用句を作った人がそんなニュアンスを感覚していたって、凄い。

なんともメンタルが強くなってしまった。

1年スパンで全然違う。割と仕事がどうでも良い。厳密な言語化だと、僕のことを良く知らない人にかけられた言葉にいちいち傷付く必要がないという感じ。

自分が拙いのは一生ものだから、拙さで起こったことに対して悲しくなる必要がない。

拙い自分を赦して、そこで居られることを求めている訳ではないから、誰か助けてくれるとか凭れかかれる人を求めている訳でもない。

ここでアランさんの「幸福論」。

YouTubeから本を発掘する所業。

幸福論の原典は読んでいない(硯書庫にはある気がする)。動画を作った人の解釈ありきだが、「今の自分は結局のところ自分が決めている」という考え方はとてもその通りだと思う。

ちょっとスピリチュアルとも繋がっているのは、人間は物理的な存在ではないからという1言で理由付けられそう。

個人的な世界観だと、世界の普通とされていることをだいたい回避してきた。普通の人からすれば天邪鬼みたいなアウトローの細道で生きてきたことに何の後悔も無い。社会的に証拠になることもほとんど無いのだが、だからこそ見える景色があって良き。

あくまで自分が選んだ世界だというアランさんはも少し厳密で、本当にしたいことであれば、現実を改変するくらいに本気で動いているはずであって、それができていないということは、他を選んでいるからという立場。辛辣かもしれないなと思いつつ、たしかに今の自分を決めているのは過去からの自分の選択でしかない。

不具合があるかもしれないけど、その不具合で良いと選択したからこその今で在るのがその人。どんなに不遇であっても世界に優しくできない理由にはならない。

優しい人が怒ると恐ろしいという動画があった。

ちょっと分かる。怒りの水準がちょっと違う。怒ったから怒号を上げるみたいなことは無いし、自分と一緒の世界線を過ごす覚悟があるのかと問うのが優しい人の怒り。

何回か怒って、その人達は全部断捨離されてしまった。

そのような人達と呑んで楽しいはずがないし、僕の人生劇場の中にそんな時間は無い。

いや、僕がそもそも優しい人なのかは不明。

だって、優しいの定義は人による。

だもんで、僕は自分の世界の中で優しいという言葉は遣わない。

他にもっと言い方があるだろうなって。

言い方問題。

予防線を張りまくっている店長がクレームを抱えているらしい。

言い方で相手に伝わるニュアンスなんてコントールできないのが現実世界。

僕はそこまで世界に言質を求めていないから、逆に言い方を気にしている。

満月さんをお姫様だっこしたいのが、彼女はお姫様だっこされるような軽々しい自分でないことを決めてきたらしい。

知らんけど。

お姫様だっこしたいなら筋トレ。

たまたま縁があった人とするか、自分が選んだ人なのだというのは物理現象としては一緒だけど、その先の未来が全然違う。

僕も満月さんに影響されて変わっているし、満月さんも然り。

選ぶということは選ばれることという当たり前な感覚が薄くなっているのかもな。

知らんけど。

物理現象でも社会現象でもないところに生きられるのが人間。

いつも通り、細かくは書かなくておしまい。

おやすみなさい。

良い夢を。

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