22;47から。
昨日の日記をチャットGPTに読ませた満月さん。
個人的にやっぱりよく読んでいくていると思う。
哲学って既存の価値観をほんとうにそうなのかと考えることであって、既存の価値観の中での分析は考察とか観測という呼び名になる。
既存の枠内での「友人」は要らんよなというお話しを書いたつもりをきちんと読み取ってくれるGさん(今後のあだ名にしとこう)。人間じゃないと読めないよねという文章はきっとない。読み取れる人だけ読み取って欲しいという内輪向けの文章はあるかもしれないが、しそれすら対応できそうなGさん。
さておき。
本日のお仕事。
6連勤目の身体に疲労が溜まっているところで店長から詰められる。個人的には圧は無くしてアドバイスだけを抽出して欲しいところだし、新人さんには絶対やらないで欲しいと思う姿勢。
いや、僕が至らなくて、まずいことをしているから怒られているのであれば分かるし改めなきゃいけないのだが、もうイイオトナだし社員だし、別に圧が無くてもアドバイスだけ抽出してもらえれば分かるもんで、思っちゃう。店長が居なくてサボるような仕事はしていないし、むしろ店長が居ないときの方がのびのび成果に向かえるというジレンマ。
もちろん店長から見れば至らないところもあるのは分かるのだが、店長のやり方を機械的に100%トレースしたところで僕は店長と同じキャラではないからきっとうまくはできない。ということで、圧は放っておいて、アドバイス部分で一理あると読解した部分は採り入れるつもり。
誰かに何かをさせようと思うとき、圧は無駄だと思っている。
だって、圧をかけられた人って、それに従うか反発するかの二択しかなくて自由意志で中間の塩梅をやることができなくなる。
もちろん、締め付けが無いと動けない人っていっぱい居るから、そういう人が業務をしてもらう為には、ぴりぴりさせる手法も必要になってくる。だってそうしないと業務の意味が分からないんだから。
指示をされる側から見ると、圧がかけられるということは、上司からそれほど信用されてないのだろうなとい認定になる。僕が上司だったらそんな手法は取らない。僕も店長から仕事の駒という認識しかないのだろうなと解釈しちゃうから、変な意味であんまりお仕事上の話ができない。
長く話し込んでいるだけで「人間関係」んだと思うよと言われた。
僕じゃなきゃ折れちゃう発言。パワハラでもないけれど成果が実らずにがっかりしているスタッフに鞭打つ発言でしかない。僕にはいくら言っても良い。「悔しくないの?」と聞かれたのだが、正直悔しさは全くない。業界として別のところで良い商品に縁があったのであれば、それで良かったなと思っちゃう人。営業職だけど、自分が取ったから良いという感覚が無いもんで、本当は合っていない。
お客様ファーストだとしたら、自分の成果よりお客様が良い縁あった方が良くないか。
人たらしの性質を流用しているだけ。満月さんにも硯を嫌う人居ないよねーという認定。
そもそも資本主義の精神性と自分が合って居ない模様。
自分を確立する為には成果が必要という感覚が無いもんで、誰かの文章を読んでいるときも、自分が認めたれたいみたいなメッセージ性がある文章を読んでいると頑張れ頑張れって読んじゃう。
という感じで、店長に詰められている最中、スーパー事務から個人LINEで、「硯店長なるはやでお願いします」というメッセージ。
スーパー事務は古参の人で、色んな店長を見て来た人なもんで、割とこの職場においてしんぴょう性がある。
僕が職場として嫌な部分があるもんで、上司になったら改革する余地がある。
サボる人は要らないから、先輩女子に対しては辛辣になるだろうなーとか、頑張ったことに対しては成果とは無関係で労うだろうなーとか、成果の達成率に対して店長が割うを喰うだけであって、下を締め付けて帳尻を合わせようとするのは何か店長の立場として、割に合わん気がする。もっとスタッフのモチベーションを上げていくのが店長の役割。
あんまりお仕事の話だけで終わるのもつまらない。
自分のモチベーションを管理するのも自己。
イイオトナなんだから、大人は自己管理すべきだと想う。
できないのではなく、だいたいはしないだけ。
もちろん、鬱でどうにもできない人は居るもんで、例外を度外視している訳でも無く。
もっと哲学したいところではあるのがおしまい。
おやすみなさい。
良い夢を。