23:08から。
昨日は6勤目の英気を養うために焼肉に行って肉食系になりつつお腹ぱんぱんになって冷酒を入れつつ、満月さんと文学話で盛り上がった。そのまま帰って寝たため読書・日記時間は無し。
学生の小説作品をいくつか肴にさせていただいた。
満月さん曰く小説の構造とは、テーマ(プロット)があって、設計通りに完成していること。これが最低限作品として成り立っていれば10点中5点らしい。お優しい。
たぶん、こういう構造論的というか商業的というか一般的作品論で言えば、さっき読み終わった宮部みゆきさんの「RPG」は最高峰。面白かった。
たしかに、小説って商品だから、最低限商品になっているのが必要。
商品の価値って抽象化したら「移動」に尽きる。心が移動するでも良いし体が移動するでも良い。認識が更新のも移動。そのために価値を支払うという構造。
テーマとかプロットで構成された小説世界はある意味箱庭みたいなもの。
読者はそこにお邪魔する。完成度によって没入度が変動して、それが好みになるのだと思われる。
ただ、僕はほとんど欠かさず毎日本を読んでいるようなクレイジー野郎なので、あんまり本について移動を気にしていない。移動したいがために娯楽として本を読んでいるのではなく劇場の生活の一部。
だから箱庭みたいに構造として小説世界を眺めていない。
物語としての完成度なんて、これだけオチのバリエーションが出て来てしまえばもはや無理筋。途中の方が遥かに大事になってくる。
物語そのものより、物語を描いた人の思想が面白いかどうかの方が大事。
比喩を多用するのも良いけれど、そこに一貫性が無いと流行り言葉を使っているだけぼくなるというか、あんまり思想が無いなって。
別に人生に一貫性は無くて良いと思う。人生って他者に語ることを前提としているから説明できないと聞き手が大変なだけ。小説に出てくる人物に一貫性が無いことが説得力を持たないのもそういうこと。
日記に一貫性を持たせたい人も居るかもしれないが、僕はあんまりそういうところは読んでいない気がする。お互い身元(現実)が知れないところで人の一貫性を気にするのはなんともRPG。僕はそういう有象無象の中で現実的に縁がある人は居ねぇかーという精神で人の日記を読んでいるから、熱量というかカロリーが違うのかもしれない。
知らん人に読まれて何故自分の承認欲求が満たされるのか。
こういうSNSのタブーぽいからこの話はここまで。
面白い読解のお話し。
「もやもやする正義」を読んでいると、作者の解釈にもやもやする。なるほど、こういうプロットで書いているのか。
何にもやもやするかって、諸々の主観が結局正しいとしているところ。
いや、自分が正しいかどうかどうかって存在としての拠り所だから大事なのも分かるけども、どれだけインプットする人でも、自分の形式でしかやらない人は当人の劇場の中に収納されるということ。あれくらいの文章量を書けるということは凄い賢いのだろうけども、許容的な賢さを感じなかった。
僕が嫌だなと思ったのは、村上春樹さんの小説を当人の世界観で解釈して、試みが失敗したと言っちゃったこと。まったく共感できない。本当に小説をいっぱい読んで来た人なのだろうかという感じ。
村上春樹さんの小説は好きなのだが、プロット的な試みというより思想の話。
言い回しの比喩も凄いけども、きちんと正直に生活のことも描写しているから正直だと想う。要は、村上さんの小説は正直だから好き。良いところだけを都合よく書くようなことしない人だと思っている。
もう眠い。今日もソファーで寝るかいな。
ここでお仕事。
僕が新規のお仕事にいけない日だったのだが、それに対して店長は手続きのところは先輩女子に投げれば良いみたいないちゃいちゃ発言をする。
先輩女子はコピーはできるけどクリエイトができない認識だから、丸投げできない。
人とまともに会話できない人。という文脈でいうと、店長もコピペのような仕事ばかりをしている印象。だから先輩女子と相性が良い。
ここに在る思想って、あくまで自分の為だけなんだよな。
だから、物理的には同僚だけど、内部的には何も話せない。
犬型新人と事務先生がお友達認定なのは、この人達、単なる同僚なのに僕の存在をきちんと認識していただいているところ。礼儀でも常識でもない領域。
越境してくれる人でないと、個人的に関係する必要はない。
もう時間オーバー。
おやすみなさい。
良い夢を。