ハイタッチ

22:27から。

もう何連勤かワカラナイ。

脳がバグって思考の現実化が起こっている。

お仕事、の話は長くなるから後で。

本日は僕がご飯当番。

リクエストはごぼうと鶏肉の溶き卵うどん。

鶏ごぼう風にごま油で炒めて作って、そこに昨日の満月さんが作った残り出汁と水と醤油を加え、卵を溶いて入れた。あとは盛り付けと食べる人待ち。

夜ご飯にサラダが無いと身体が不機嫌になるもんで、ベビーリーフとトマトとツナのサラダ。ドレッシングを自家製しない手抜きメニュー。

副菜。中華風青菜炒めを追求している。

最初は小松菜で成功、2回目はチンゲン菜でやや失敗、本日3回目のほうれん草は成功だと思う。満月さんの舌加減次第。

あ、洗濯したから日記終わってから干さねば。

僕は日記には生活感があっても良いという立場なのだが、だいたいって、変な話、自分の眼で見た世界のことしか書かれておらず、自分を俯瞰した眼という記述が無い。こういうのって特殊なのだろうかと思ったら、賢い人の動画でそんなことが言われていた。

今の僕は別に賢さは求めておらず、なるべく自在に生きたいなというだけ。

賢さって他己評価だからどうでも良い。それよりも自分が楽しい方が大事。

賢い人の特徴で、相手によって説明の仕方を変えるというのがあったのだが、これって当たり前では無いんだな。いや、僕もお仕事で外国籍の方に接する機会が多くなったもんで、自覚しただけなのだが、自分視点で正しい言葉を使ったら正しく伝わるという概念ってとても独りよがりというか、発話者優位。なんなら一方通行。

まぁどうでも良い話。言葉はあくまで自由だから、それぞれ扱えば良い。

はて、満月さんは僕のご飯を美味しく食べてくれるだろうか。

美味しく食べてくれなくてもがっかりはしない。だって、トライ&エラーできる関係だから、次はより美味しく感じられるように修正できる。

お仕事。

ちょっとここだけは聞いてもらいたい。僕は人に聞いてほしいことなんて無くて、話せるかどうかで話題を制御しているのだが、ここだけは。

思考の現実化が起こった。

某人が、営業系の指示をしてきたとき、反射的に「無理です」と言ってやった。

ここは自分を褒めて良い。よくやった。

ここで次に言葉が投げられたとしても絶対勝てる。

例えば想定されるところとしては、「店長の指示ですけど」。これに対しては、店長指示より僕の優先事項の方が大事ですで良いし。

現実としては黙ってしまう某人。その10分後くらいには別のどうでも良い仕事を振ってくる。

ほんと、AIみたいな人。

自分仕事やっていますという認識だろうけども、何もできていない。

店長と犬型新人との3人だと恙ないのは、仕事しに来ているから。

話題も選んでいる。

これ別に悪口では無い。人生劇場上ノイズなだけであって、特に好きでも嫌いでもないし、どれだけ自衛できるかというくらい。

話題の話。

僕は特に具体的な関係において、人に話したいことが無い。話題はいっぱいあるけれど、必要に応じて話しているだけ。特にオチは無いのだが、相手にとって有用だと思う。

例えば、どうでも良い話ですけどと前置きをして、事務先生と犬型新人にグルメ情報を提供するとか。

聞いてくれるような話題しか提供しないから、特にオチが無くても成り立つ。

某人の話がつまらないと犬型新人が辛辣に言うのも分かる。

自分の体感の話しかしないから。

自分の体感の話って、よほどプライベートなことであって、世界線が一緒の人に人にしか話せないと思うのが普通。僕だって、月が綺麗だとか春先の彩が好きだみたいな話は仕事場では話さない。

だって、仕事場に来ている人はそんな軸で生きていないから。

某人はここから孤立するしかない未來しか無いのだが、仕方ない。

なにせ、人の話を聞けなくて自分の体感話を蒔き散らかす人だから。

いや、これはこれで良い人生劇場だと思う。

全く羨ましくは無いし、あんまり交わりたくない人。

犬型新人とは事務先生を交えずにどうでも良い話をするご飯会を開催したいところ。

どうでも良い話ができない関係は職場としてヤバイという認識。

どうでも良い話で最後。

人に対しての耐性が付いてきた自覚がある。

このお仕事、人と関わるから色々あるのだが、迷惑というか齟齬は当たり前。

何処にどうしようも無く嫌な部分があるのかというのも分かってきたのだが、結局は程度問題でしかない。

他人なんて知らんぜよでは生きられないもんで仕方ないけども、僕を人として認識できない人と関わるのは時間が無駄になる。

ここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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