脳トレ界隈

22:34から。

職場でアルコールチェックが義務になったもんで、早めに飲みを収めないといけなくなった。一回ギリギリアウトになって、10分後に再測定をしたらギリギリセーフになって、その体の感じを学習している。指標があれば、感じでなんとなく分かる。

時間も体温も同じような感じ。

ちゃんと主体的に観測するようにすれば不調も察知できるから、医者要らず。

個人的には脳波のシータ波を観測できる機器が市販化されないかなと思っている。

脳科学者の池谷さんの本でそういう話があったような。

感じが悪いと言えば、本日の出勤中、良くない仕事をしてしまったお客様に対して反省していたら、いや、個人的な関係でもっと自分は酷いことをしているよねと、過去の感情が脳内の机上に登って来る。それに比べたら酷さレベルは大したことがないという自分を慰める目的ではなく、単に、生きているだけで他人に酷いことをしているねという例示として出て来たニュアンス。

一緒に人生劇場を過ごす縁が無かった(今となれば)のに、執着して無理矢理過ごそうとして迷惑をかけたなという意味合い。

貴重な時間を無駄にさせてしまった。

おや、でも、時間消費の仕方も人によりけりだから、それほどでもないのかもしれない。

というのが今の認識。

僕は、もうそろそろ身体にガタが来るのだろうなと予感しているし、それほどガタに対して悲観していない。20代の方が心身とも窮屈でガタが来ていたと思っているくらいだもんで。

逆流性食道炎っぽい症状がやたらと出ていた時期だし、頭の中で自由になれる領域がとんとなかった。単に身体が無理を赦しているだけの時であって、そんなに楽しくなかった。

若い頃が良かったって個人的には嘘だと思っている。

いや、今の方が可動域広くないかって。金銭的余裕はいつの時代もそんなに無いのだが、これって、可能性とか不安の解消でしか無く、あんまり意味が無いような気がする。

たしかに、あれば動ける範囲は拡がるけど、実際拡げるかどうかは当人の精神性が若いままかどうか。経年すると何をするのも疲れるというのは固定観念の思い込み。ここから老化が加速して億劫になるのかもしれないが、変に注目されない外形になって行った方が僕は自由になれそうな。

だって、人間の脳って、納期が迫っている方が稼働すると言われるし。

さておき。

お仕事。

店長と犬型新人と3人。

この組み合わせ、比較的に穏やか。某人のノイズ感が共有できるというのもあるし、最前線で働いているのもある。犬型新人は僕とは違う方向性で職場の空気感を変えている。恥を知らない。無知の知を地でやっている感じ。知らないことはまず聞く有能さ。

僕も見習わねば。

店長にも某人はノイズであるという認識があって良かった。

そりゃあそうだ。

やれやれ。

満月さんは本日もご飯を作ってくれた。

ありがたや。一生一緒に過ごせる人。認識が更新されても居られるかどうか。僕はどうあっても更新するしかない人だから、それに耐えられる人でないといけない。

ということに気付いた。

僕は生活とか精神まで人に合わせられる人なのだが、楽しくないとどうもいけない。

最後にどうでも良い話。

僕の文章に新参の人がスキをぽつぽつ付けてくれた通知が来るのだが、何が面白いのだろうって他人事的な感じ。

単に読み物というか、コンテンツとして文章が把握されることに何の嬉しさも無いのは、文章書きとして不具合なのだろうか。個人的な感覚としては、嬉しいというよりどうぞお越しくださいましたという感じ。

僕をフォローしている人は良い意味でやべぇ奴だなという認識だし、この文章を読んだところで何の救いも無いような気がする。

それほど、というか、全く僕と世界認識が一致している人を求めていない。

それでも読むなら読んで下されという感じ。

僕が嬉しいのは、コンテンツではなく、現実的に影響してくれる人。

文章に登場されたら歓喜すると思われる。

まぁ、この意味合いにおける「現実」ってあんまり説明できない。

ここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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