洗うもの

22:31から。

結局面白いのは作品ではなく、人。

お仕事。

ほんと、某人は馬鹿。

これは馬鹿にしているとか見下しているとかではなく、単なる観測。

自分自身の失敗に対しても、馬鹿だなという観測は多々しているもんで。

自己の仕事上の役割が分かって居ないから、役割ではなくプライベートの感情で仕事をする。優先順位ではなく責任を負わない仕事から減らすから、優先順位が高い仕事が遅れるし、周りの営業の仕事も減らなくなる。

当人の成果として数字になる項目もあるのだが、事務先生に言わせれば、他の同じ職分の人から突出していれば、他の人より仕事していない証左だよねと。たしかに。

漫画とかアニメの話はこちらが合わせればできるのだが、日常会話の解像度が低すぎてつまらない。分析すると、相手の発話に対して否定から入るのは、そうとう自己評価が低いのだろうなと。だから、マウント取るしか生きる術が無い。

店長にもちょっと似たところがある。

「誰かに見下されるからちゃんとやらなければいけない」という前提で良く話すのだが、僕にはこんな内部は無いもんで、ピンと来ない。別に見下されないために生きておらんしなぁって。

ただ、店長は一読では分からないように褒めてくれるから味がある。

僕のことを、「自分の仕事を減らしてくれる人」という認識がありそう。たしかにその通り。新規の案件に傾注するようにとぼそっと言われたのだが、たしかに、事務方の事務先生にも某人にもこの役はできない。

そういえば、満月さんが弟勇者のお部屋探しに当人と一緒に2人で来たのだが、全然恥ずかしさは無かった。仕事場とプライベートで人格を反転しているようなことが無いからだと思われる。プライベートを持って来ているのではなく、プライベートと仕事上の人格がやや融合しているという意味合い。時であんまり区別してないなと。

弟勇者の社会的世界の加速がやばい。

良きスピード感だと思う。人生、動く時は意識が追いつけないくらい速くなる。

振り落とされないように掴んでいれば、良いような舞台に移動できる。

さておき。

本日の晩御飯。

満月さんがあとは焼くだけにしてくれていたハンバーグを焼いて、目玉焼きを乗っけた。

サラダは刺身の切れ端盛り合わせを半額で買って、ベビーリーフに乗っけてドレッシングをかけた。

ついでに、冷蔵庫に残っていた茄子で浅漬けを作る。味付けが絶妙なのだが、満月さんはお漬物をあまり食べない。

やれやれ。

ここからが本題。

シンクロニシティが抽象的過ぎる問題。

お勧めの本を紹介するのが、なんとなく文章書きのトレンドみたい。

凄い自信。自分が面白いように読んだように誰かも読めるに違いないから紹介しているように読める。いや、別に否定している訳でも無いのだが、紹介する人もされる人も凄い自信だなって。

苫米地英人さんの営業は洗脳だみたいな本をkindle読み放題で読み始めた。

別に営業に伸び悩んでいる訳でも無いのだが、この人の本、凄く響くもんでたまたま見つけて読んでいるだけ。

曰く、営業は誰でもできるとか。たしかにガツガツ行くタイプでもない僕が安定しているのは、一般的に想われている営業の手法とは違うことをやっている。

ここで、苫米地さん曰く、人を商品のストーカーにするためには、相手の内部情報を書き変えるのだというフレーズがある。相手の世界の物語の中に、提供すべき商品を組み込むという意味合い。

ここで言う内部情報とは、当人の歴史上のストーリー。ストーリーの書き手を当人ではないところに持って行くということ。

これを洗脳と表現しているのだが、そんなに悪くない。

洗脳になりそうなことには、法律の規制がかかっているから限度が決まっている。

金融機関の手数料に規制がかかっていないのは闇深さを感じるけども。

内部情報の書き換えというのは、結局のところ、当人の過去の改変でもある。

今まで生きて来たことの成果が今の自分だけど、その解釈はどうにでも操作可能。僕だって、今の位置を最悪だと解釈もできるけど、最良だと解釈している。こっちの方が楽しいし、未來に身動きとり易いから。

シンクロニシティは、全く関係ない外山さんの読者論の本の中に、履歴情報という概念が出て来たこと。

曰く、同じ本を読んだとて、当人が培って来た歴史が違うから、同じ文章でも誰にも同じように読める訳が無いという説。客観的な文章なんて無いのは、人間がそれぞれ固有だからという解釈。

同じことを言っているなぁと解釈できるのが、僕のシンクロニシティ。

内部情報も履歴情報も、洗脳されうる。

僕は結構洗脳されて来た人生。

他人の世界観をなぞらないといけないという自意識があったもんで、窮屈に自分を解釈するしかなかった。変に宗教に洗脳されなかったのは、宗教の本質を体得していたからかもっしれない。僕、独りでいるときの方がとんと安心。満月さんと居る時は、8割くらい安心。僕に言葉を求めてくるところが2割。言葉を必要とするとする関係なのだろうか。

「洗脳」と強い言葉で表現しないといけないのが出版業界の闇だろうな。

影響を受けて自我が変化するのが当たり前みたいな感じで書くと、同じことなのにインパクトが薄い。

僕の文章を何の影響も受けずに読める人はなかなか凄い。

そんなに突飛な面白いことを書いていないのに居着いているのであれば、相当影響されているような。

そんな人には、そのうち現実で逢いたい。

僕はもっと自在に生きられるように世界を解釈していく。

ここまで。

おやすみさない。

良い夢を。

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