20:20から。
自分でもよく分からない、店長すらもよく分かっていない成果の出し方をしている。
店長が想うアミューズメントの場は提供できていないが、きっと何かの「場」は提供できていると思われる。店長の目だと、普通の営業マンがやっていることしかないみたいだが、僕としてはそれだったら僕が勝てていないと思う。
ただ、冒頭でも言ったように方法論を言語化できないから、あんまり一般化できない。
営業をなるべくせずに、自分も相手も人間で在ることみたいな感じ。
このままお仕事。
本日は店長、ぽんこつ、犬型新人との4人体制。ぽんこつに負荷がかかって(ほんとはかかっていない、当然の役割)、当人なんだかイライラしていた。当人の中ではイライラするのは合理なのだろうけど、本当は自分の職場上の役割の何ぞやを認識していないだけで、自分のペースで仕事すれば良いという状況の方がイレギュラー。貴方の仕事を減らすように仕事場は動いていないよって。やることはちゃんとやりなさい。
悲しいかな、プライベート世界でも誰も教えてくれなかった(学ばなかった)もんで、仕事世界でもそんなこと誰も教えない。教えて育てる時間より、普通に仕事をした方が利益になるから誰もやらない。職場でアドバイスが勝手にやってくるのは成長率に期待されている時分だけ。事務先生が色々言うのは初期の時分は、この人できるよねっていう期待からだったが、今や「目に付くような仕事するなよ」という指摘になっているように見受けられる。
もはや職場の誰もが対等な人だと認識していない。
入社が先の店長と事務先生はともかく、こういう尊敬できないポンコツな先輩がのさばっているやりにくさで最も割を食っているのが犬型新人。僕は使ってないだけで、この人をばっさり切る武器はたくさん持っている。
パワーバランスの取り方がとても難しい。
個人的には犬型新人は褒めて伸ばす人だと思っているから、もっと可愛がって伸ばしたいのだが、ぽんこつの前であからさまにそれをするのに躊躇する。ぽんこつは褒めたら甘えるだけだからもっときりきりと責任を負う仕事をさせた方が職場を潤滑にすると思っているのだが、女性間の関係性というのもあるらしい。なんで自分と扱いが違うのってなると、おそらく矛先が犬型新人になるだろうし。それは日頃の行いでしかないから、あえてやっても良いのかもしれない。
ぽんこつが帰った後、店長と犬型新人と3人で雑談タイム。
飲み会を控えているにも関わず、犬型新人の愚痴が止まらない。
この人、女性性のところにある、遠回しに敵意というか反発を言い回されるのがとんと嫌らしい。嫌ならストレートに投げて来いよ、打ち返すか受け止めるからということらしい。
ここの具体的なエピソードを書く時間は無い。というか書いても面白くない。
イライラぽんこつの中の発話の中で、ぽんこつと犬型新人が2人になったタイミングで、僕の話が出たらしい。
「硯さんだけバレンタインのお返しが無い、どうでも良いけどなんでだろ」とのこと。
犬型新人は気ぃ使いだから、「硯さんのことだから忘れているだけですよ」と無駄にフォローしてくれた模様。
店長はそれを聞いて、「もうホワイトデーから1ヶ月経っているこのタイミングで発言することに対してゾクっとした」と発言。
根に持つタイプだという話になりつつ、犬型新人は「何か返さないといけないですよ、これも女心ですよと」と僕に言ってくる。
なんとなくその場に合わせたけども、主観では、ぽんこつの女心に応えるメリットは全く無いと思った。この人との関係を滞りなくしたとして、職場上何のメリットも無い。
直に言われたとしたら、「そもそもなんで返ってくると思ってあげているんですか、僕のお土産に何か苦言を呈しながら食べたみたいですが、それに対して何も返ってきてないですけど。バレンタインには返ってくるべき、お土産は返って来ないという社会的な慣習は分かりますが、返って来るところでしか相手に贈与できないって相当性根が悪いですね」とか言っちゃいそう。
イベントだから交換があるという観念も分かるけども、そこに従うかどうかは個人的に知ったことでは無い。プレゼントの観念として不純すぎるような気がする。下心があるプレゼントはむしろ「投資」であって、それで返って来なかったら投資先を間違えたという話。
いや、性根がほんと悪いのは確か。
世界が主観的過ぎる。
という感じで、僕はぽんこつにホワイトデーを返す気が無い。
この人の女心なんて知ったことではないもんで。メリットとかではなく、この人に何かをあげたいと思わないというだけ。
やれやれ。
こんな奴は絶対モテないのだが、モテに対して需要が無いもんで、問題ない。
職場のパワーバランスというか、僕も結構相手の世界観を読める余白ができたもんで諸々見えてくる。
客観的な世界が無いないから法律がある。
この話はそのうち。
これは別に何の証拠も無い、単なる肌感覚なのだが、世の中には見えるものしか信じない人と、見えないものも感じる人が居るという説。
僕は別に霊感がある訳では無いのだが、それほど客観的な現実とか言質とか、全然信じていない。そういう誰にでも認識できるものを前提として生きていないというか。
店長に報告するところの情報って現実的なところを求められているのは分かるのだが、もっと感覚的な非言語情報もあるのが普通の人間関係だと思っている。
即物的(で表現として合っているのだっけ?)な世界は共有できるけれど、感覚の領域は言語化できない。
情報を言語で共有したい人は、割と即物的なのかもしれない。
言葉を自分の身体と同一視している。
僕の文章は別に僕を伝える目的が無いもんで、日本語は書いているけども顕示欲でもない。
というバランス。
はい、もう寝ます。
おやすみなさい。
良い夢を。