世界との付き合い方

自己を全部開示することなんてできない。

だって、それは自分が世界を好きなように解釈するのとも違うし、自分だけが好きに振る舞うのとも違う。いや、これ自体の考え方自体が違うのか?

22:30から。

お仕事。

研修の為に都市部に電車で行った。

猛暑の中自転車で駅まで行くのと満員電車の苦行のダブルパンチ。

男だろうが若い女子だろうが、パーソナルスペース広めの感じからすればいずれにせよ触(ふ)れられたくない。無駄に群集の空気を伝播させることは無いから人酔いは無いのだが、単に物理的に気持ち悪いだけ。

ちょっと離れたところに居る若い女性が、隣でふらふらしている(電車の揺れで)男性と周期的に当たって、生理的嫌悪感の顔をしているの観測する。嫌な顔するくらいなら乗るなよって、今の僕は思う。内心でどれだけ気持ち悪がっても良いが、お互い様だろうよって。男性の方も当たってしまっておろおろしている顔だったし。

今後どれだけ生活が移動したとしても、毎日電車で移動しなきゃいけないのは選択肢から外そうと想う。大阪だともうちょっと隙間時間だったが、ここだと隙間無き時間で無我の境地で居るしかない。なんで色々なライフスタイルあるのにわざわざこんな苦行を日常に組みこまなきゃならないのか。

マゾかよ。

研修は、きちんと学びはあった。

社長の言い回し参考になる。流石の経験の蓄積。

たまたま、近隣店舗に居る人と、居た人と行き帰りの道中が一緒になった。

3人で話しながらの移動。正味、あんまり面白くない。1人移動の方が良いと想っちゃう人でなし。

この場の学び、どこどこ店の女性スタッフが可愛かったという下世話な感じ。

このまま満月さんに流したら、「可愛い」戦争が勃発した。

たしかに僕もこのスタッフさんは可愛いと認識したのだが、もうちょっと細かく書くと、ここの「可愛さ」、あざと過ぎる。自分が可愛い顔をしていると自覚していて、メイクもそれに合わせて(ちらっと見ただけだが)。そんな人に、「可愛い」以外の評価は無い。

たしかにこれはこれで見てくれの方向性としてはありだが、僕は仮にこの人に良い寄られたとして、自分が可愛いだけに向いている人とは合わないから厳然と拒否する。もっと自分の可愛さを追求したら良いのではって。おそらく、社会的なルックスの上流階級で生きて行けば良いよねって。僕はルックスとかでは無くて総合力で自分も人も捉えているから、客観的にどれだけ評価されるかなんてどうでも良い。

という意味での可愛いなのだが、それほど誰も僕の話を聞いてくれない。

へー、そういうルックスが好みなんだってだけ。好みの話なんてしていないし、好みだから「可愛い」って語彙不足なような気がする。そんな語彙を欲されても、素朴になればなるほどそんな安易な言葉を使う気が無い。

僕は男だが、結構可愛いと言われた歴史。これは愛玩系の評価。

昔は無かった語彙だけど、今で言うぬいぐるみ的な。これを言われても、貴方の語彙だよねってどうでも良いし、承認欲求とは無関係。

そもそも可愛いとは。

女の子の自己承認欲求を満たす都合の良いマジックワードなのは理解できる。

でも、昔、日陰で恋愛市場でごりごりやっていた時でも、そんな直喩はやらなかったような。

「可愛い」と言う言葉が辞書に無くても相手に好意がありますよって表現できる。

可愛いって、厳密に言えば、好意というよりは興味の領域だと思っている。

興味をもうちょっと分解すると、自分にとって、気になる対象とか、心地良い対象を捉えている、感情と認識のブレンド。

可愛いと言われたいのであれば、相手にとって可愛いと認識される努力をしないといけないし、それも無く自分のそのままが可愛いと言われたいのであれば、それは何というか、対象をきちんと人として捉えていないような。

貴方の世界の中に僕は居るのか。

自分のそのままが他者の認識とブレンドされている人ならともかく。

僕、別に誰かからイケメンとか言われても、何のエネルギー補充が無い。

もうおっさんなのでいまは無いけど、昔だと、へぇこの人はそういう風に捉えているんだとしか無かった。

他者からの評価を介した承認欲求なんて、何の役にも立たない。

自己の精神の暖なんて全く取れない。

というのが、現時点の学習。

なんだろうな、なんで人ってそんなに自分のことを絶対的に捉えられないのだろう。

できないことなんて無限にある。

できたことの方が大事。

へい。

ここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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