世界線と意識の無時間性。
22:55から。
起き抜けの微睡みで、世界線について考えていた。
僕がこの感じで大学時代に戻ったらどうするだろうっておさらい。
微睡みの中だから、やたらと鮮明だった。
今の感じだったら、どのグループにも属さずに、せっせと本を読んで文章書くだけだろうな。
恋人関係は、少なくとも当時付き合って人とは無くて良いかな。なんなら魔法使いになっても問題無さげ。
だって、今まで残って来ない縁の人に時間をかける意味が無い。
別に、当時の人間関係が無駄だったとも思わない。当時はそこにしか縁が無かったというだけのことで、ここは無知と経年とは無関係の意識の話。
同窓会は無意味だけど参加するしか無かった。
そうして、今に帰ってきて、もうそうなっている。
縁が無い人とはもう切れているし、僕がまた縁を結びたい人については連絡待ち。
無くてもそんなに気にしない。人間は勝手に生きるモノ。
そういうことを意識してみると、起き抜けが凄くすっきりした。
またちょっとズレたかな。
そうして今朝。
満月さんは結構社会派で、聞く人が聞けば単なる愚痴っぽいのだが、僕は社会学ぽいなって聞いた。
曰く、人が社会に出す現象って、公と公の領域での私と純粋な私の3つのペルソナがあるという。完全な公はお仕事に持って行く自分、公の領域での私は、店員さんに接するお客様の領域。純粋な私は、我が家でぐーたらしても良い自分。
お仕事の領域と、ぐーたらな領域はそんなに動かない。完全な私をぐーたらと表現するのは適切では無く、居心地が良いがまぁまぁ近い。
で、問題は公私混同の領域。
満月さんの職場では、飲食店なのに髪をとくJKとか、親子でやって来て動画を大音量で眺める人達がいるらしい。ここがオカシイよねというのが満月さんの問題意識。
別にこれは愚痴ではない、苦言。
この苦言の面白いところは、仮面(ペルソナ)の被り方の話。
相手はちゃんと生身の人間なのに、人間として公の人を捉えない余裕の無さがどこから来ているのか。
ここ、突き詰めていくと、当人が純粋な自分だと思っている像も、1つの仮面でしかない。
だって、人間が自分の精神性を獲得するためには他人の目という環境が必須なもんで。
自分像なんて、環境からレントゲンみたいにいっぱい照射された存在でしかない。
だから自分が1つしかないという世界観は無理ゲー。完全に素朴な自分なんてよほど突き詰めていない人でないと辿り着けなくて、あくまで相対的な存在でしかない人が多い。
ここにうごうごしている人を人間と定義するかは微妙なところ。
僕は関係は無関係で興味がある人を人間と定義したい。この人間とは縁があれば直にあってみたいなって。
ゲームと言えば、アプリゲームはどうしても三日以上続けられない。
そんなゲームするより、自分の人生ゲームの方が面白い。
ゲームの定義はルールがあること。
これ、現実とほぼ一致だとしたい。現実だってルールはあるし、そのルールに外れたらそれなりのペナルティもある。
これを踏まえてあえて自覚的にアウトローになっちゃう犯罪者もいらっしゃる。
犯罪者が忌避される理由ってなんだろう。
類型的に信用が置けないから。
もうちょっと先があるのだが、ここまで。
明日は午前中からデートなもんで。
おやすみなさい。
良い夢を。