21:49から。
仕事が長びいて、お風呂読書時間が無かった。
ぬるま湯シャワーを浴びて少しの時間読んだ。
お仕事の話は本日は無し。
忙しくて平和だった。
時間が無い分、濃いのが読みたくなる。
「マルクス その可能性の中心」
「概念は関係性を隠蔽する」という考え方が面白い。
これって、全ての人間的なものに適用できそう。
まぁ、だって、人間的な世界の全ては言語で構築されているし、言語は概念だし。
「隠蔽」というところがまた秀逸。
本当は、他との繋がりありきでしか存在できないのに、何故かそれだけで在ると認識できてしまう。
この辺りの問題意識は、カントさんの純粋理性批判とか、満月さんの専門のシュールレアリスムにも繋がっているのかも。カントさんは「もの自体」は捉えられないと書いていて、シュールレアリスムは、ものにこびりついた既成概念を取り去ってもの自体をあるがまま見ようという試み(あんまり知らないので違うかもしれない)。
あぁ、もの知らずだな、僕。
岩波文庫を1冊ずつ踏破していかないと。
で、隠蔽の極致が貨幣なのだが、それはもうちょっと後で。
満月さんが政治脳を活発化させている。
僕はあんまり政治に興味が無い。厳密に言えば「政治」には興味があるが、自分が国民として参与することにはあんまり食指が向かないという意味合い。
満月さんが好きな人が炎上したという動画を今朝ちろっと流れていた。
炎上理由は、高齢者はさっさと退場しろなんてけしからんみたいな話。
いやいや。政治って仲良しこよしの限定された場のもちつもたれつではなく、税金という限られた資源の中でどう配分するかという、どうあっても切り捨てらる人が出てくる非情な空間。資源の配分の目的は、弱者を拾い上げることも大事だけど、それだけやっていたら財源確保ができないじゃんって考えるのが合理的な思考。
多様性が変だなというのは、こういう非情な部分を隠蔽して、なんだか皆仲良しみたいなスローガンになっているところ。そんな訳ねぇ、許容する範囲が広くなればなるほど衝突やら摩擦が増えるのが当たり前。
この政治家さんの発言をちょっとしか聞いていないが、僕は、誠実な人だなという印象を得た。配分のバランスが高齢者に偏り過ぎていて、若者の自由時間が確保できていないよね、それだと、国家が衰退するよねというくらいのニュアンスに読めたのだが、単語だけで反応する人は過激に読めるのか。
ちょっと、村上春樹さんが、短編で炎上したことを想い出す。
煙草のポイ捨てだったかなんだかは忘れたが。
同じ政党の障害を持っている政治家さんが炎上させて、党から追い出した模様。
ここで満月さんの経験から抽出された概念が面白い。
当人、障害を持っている人と関わる人生が多いのだが、「思想は当人の障害とは無関係の人格と繋がっている」とのこと。好きな政治家さんを炎上させた政治家さんは人格がよろしくないらしい。
たしかに、社会上のハンディキャップがあることと、人格がひねくれることは繋がる傾向はあるだろうけども、別に絶対連動することでもない。無連動で良い人格を持っている人も居るだろうし。
これも概念の隠蔽性。これって何て言うんだっけ、レッテルでもなく、固定概念で良かったっけ? 人格が相対的なんだよな、きっと。
だから、高齢者は退場させるべきみたいな言葉だけ拾って、社会的な弱者というカテゴリーに含まれる障碍者である自分も排除されちゃうって過剰反応したのではという感繰り。
ここで、政治家さんは客観的に国民の代表では無くて、主観的な属性を代表しているというのが浮き彫りになると思うのだがどうだろう。人間が政治をするとそうなるのは由緒正しい、政治が始まったときからの老舗の話。
個人的には政治はAIがやっても良いような気がする。
政治家に必要なのは保身では無くて配分の決断だし、惰性でしか仕事しないのにやたらと人件費がかかっているし、導入としてAI政治家を1人加えてみるとか。受け答えは完璧だと思う。笑
自分のことより、振りでもいいからちゃんと国家のこと考えているポーズをして欲しいところ。山本太郎さんはそういう意味でちゃんとした政治家さんだと思う。
政治が変わろうがどうなろうが自分の世界を変える方が変革という主観だから、世情の動向がどうでも良いもんで、ここは政治アカウントでありません。
で、ここからが世界の仕組みを支配している貨幣の話。
貨幣ってなんぞやって定義することは、結構難しい。
消費者側からだと、物を買えるとか、貯蓄して備えるみたいな感じだろうけど、そもそも何故そういうことができるのか考えて行くと、結構フィクションめいてくる。
民法上は金銭債権も特定物(物体)とは違う扱い。
例えば、不可抗力であってもお金が払えない理由にはならないとか。物だと不可抗力で物が無くなってしまうと、売買契約が成立しないとかがある。
で、お金がフィクションというか、貨幣の構造が言語だという前提で、苫米地英人さんのベーシックインカム論が面白かった。
既存の概念だと、お金って財産だから、桃鉄みたいに溜め込んでいく方が誰かより優位というか自由になる。と、思い込んでいる。
苫米地さんの言だと、消費税は消費に対するペナルティだから、消費が抑制されることになる。必要最低限しか買わない。それはたしか。僕はお金という信用がある限り、消費税はまったく気にしていない。お金を持っていることと自由は全然連動していない。どこかに移動したいんだったらお金は必要だけど、僕はそこまで場所の移動を自由としていないような感じ。
場所を移動することは娯楽であって、必要なことではない。
精神的な移動は読書で賄えるし。
ベーシックインカム論。
苫米地さんのは貨幣の創造性を剥き出しにしているなと想った。
溜めたら得するではなくて、この期日までに使わないと無くなっちゃうお金を全国民に配ったら、経済活性化するよねって。
たしかに。
面白いのが、ここまでの既存の貨幣概念を覆しているところ。本来は資産として蓄積するものなのに、減っていくものとしても貨幣は成り立つのだなって。
個人的にはこういうベーシックインカムは好き。
資産としてお金を持ったことはあんまり無いのだが、すんげぇ重荷になるだけと想像している。概念をいっぱい持ったところで何になるのか。いや、社会的な行動の為のチケットであることは分かる。そんなチケットが無くても、十全に楽しいもんで、移動は必要ではなく余剰。
そもそも概念を再設定しないとここからの国家は成り立たないのではないか、という説。
そういう発想をしている政治家に投票するべき。
いや、自分の世界の範囲だけを守りたい人は、そこだけを守ってくれる詐欺っぽい政治家さんに投票したら良いと思う。
政治は安心の世界では無いけど。
安全ても無い。
特に辛辣なことを書いた意識は無いけれど、この文章で炎上が起ったら逆に面白いかもしれない。
いや、この文章、そんなに広く読まれていないから、政治家さんまでも届かないし、読んでいる人が思想上、反発する文章でも無いか。
へい、ここまで。
おやすみなさい。
良い夢を~