23:31から。
なんでこんな時間。
2連休だったが、仕事で削れた許容範囲を回復するには至れない。
僕に安定的な許容範囲があったら、もっと世界に対して愛を振りまける。
別に、僕の許容範囲を使うことは問題無いし、なんならまいても良いと思っているから良いのだが、そこに愛が無いといけないような気がしている。
仕事場からLINEが入るのではないかという強迫観念。
さておき。
本日お風呂読書時間が無かったもんで、kindle読み放題で、営業本を4冊、シュールレアリズムを1冊読んだ。時間が無くても本を読んで無いと許容範囲がごりごり削れていく。次点がここの文章。
シュールレアリスム専門家の満月さんに言ったら、英語表記で書く奴はにわかだとのこと。
フランス発祥なのに、英語で書くから、変なことになるとか。
個人的には1時間で分かるとの触れ込み通り、表層を掬うのに面白かった。
芸術表現として、人の深層(無意識)を問題とするのは、写実主義というか客観主義という、誰が見ても「同じ」ではなく、当人固有の深層心理に焦点があるから面白しい。
人によっては見え方が変わるよねという個人に対して当たり前の尊重がある。
芸術だって価値を売る商売だけど、誰が何に価値を置くかなんてそれこそ人それぞれ。
営業本の1冊目はクロージングの話。
割と店長の話と通じるなという勉強にはなった。
次の本が、営業の5段階の話。
僕、人生の目的が億万長者ではないから、既に4段階くらいの精神性ではあるのだが、場違いだとは思った。今の人生劇場、場違いなのではという感じがある。
何だっけ、パワーセールス(営業すればするほど嫌われる)、行動力セールス(型ができて行動すればするほど売り上げ)ができる、ウィンウィンみたいなセールス(与えた分だけ返って来る)、与えたら勝手に返って来る段階、勝手にファンが助けてくれる、相手が信者になる教祖みたいなやる。
僕の精神性は公私で別に見返りを求めていないので、見返り段階の人にとっては食い物になるのかもしれないなと。供給が過剰になって、僕が居て整う劇場が当たり前だとされる。
この5段階で考えたとき、店長はパワーセールスを上手くやっている人なのだろうなと思った。売りたい商品を相手にバレないように売るという手法をある程度極めている。提案してとか誘導してとかよく言ってくるのはそういうこと。あと、行動したら成果になるという感じもある。
この5段階の著者は、3段階目までの営業には限界があるということだから、店長もだいぶ限界にきているのような。店長が僕に良く相手とちゃんと会話してというのだが、僕は相手にバレないように売る為の情報を引き出すみたいな会話ができないもんで、おそらくやったらできるのにと思われているのだろうけど、そこをやる気がない。
店長が居るときは、それっぽいことをやろうするのだが、もともとパワーセールス型じゃないから、変な感じになる。
僕はもうちょっとまったりお客様と関わっていきたいんだなと思うと、不動産業界でも仲介ではなくて売買の方が合っているのかもしれない。だって、一期一会でしか関係できないのってもったいなくないかって。僕、現時点でもお客様は自分の給料対象でないし。
好きなことを開示すればお客様と関係ができるとのこと。
僕の好きなことは読書と文章を書くことと、自然の中で身体を動かすことだが、一番は考え事かもしれない。
許容範囲がごりごり削れていくと、どうでもいいことが考えられなくなってくるのが結構キモチワルイ。
4冊目が、営業は愛であるという本。
顧客とプライベートの人間関係とは分けずにプライベートの人と同列に扱えば良いというお話し。この会社に入ってきてもっとも障害だなって思ったのがここ。お客様ともオーナーともプライベートで合うなら逢えばいいじゃんと思ったのだが、お仕事の規定上できない。
オーナーとは休みの日ならあっても良いとのことだが、そもそもそんなに時間の余裕が無い。個人的に凄く好きなオーナーが居るので、こちらから誘っても良い。
完全歩合制のフレックスタイムの営業の方が合うかもしれない。
営業が愛だと理解できれば商材はなんでも良いというのがキモ。
好きなことで、誰の人生がもっと良くなればいいというおもてなしの感覚なんて誰にでもあるしという意味合い。なりたいところで言えば、もっと自分の時間がある人生が良いし、満月さんにも時間を創れる人生が良い。
僕は、料理でも良いし、聞き役でも良いし、なんとでもなると思っている。
僕が他人で暖を取らないから、同じく他人で暖を取らない人の方が楽。
たしかに、相手が僕の存在によって助かることは嬉しいけど、その為に生きるのは何か違う気がする。喜ばれるからするのではなく、単にそういうもんだから、というくらい。
なんかもっと話があった気がするが、一時間ばかりでは書ききれないのでここまで。
おやすみなさい。