筋肉痛なんてへっちゃら

22:21から。

チョコザップで筋肉痛。

1日遅れの筋肉痛について、老化したと弄る満月さん。

人の不幸を喜ぶなんてどうかしてるが、僕は経年を不幸だと思っていないため、ノーカン。

経年していけばいくほど、社会的な中心層から離れられるし、柵が無くなってもっと楽に楽しくなるだろうなと。もっとよそ見ができる。

宮沢賢治さんの全集が書庫にあると昨日書いた。

どうせ見つからないから近所の精文館書店によるつもりだったが、足が無かったし、すっかり忘れていた。

案の定、書庫の何処にあるかワカラナイ。

志賀直哉さんの全集が出て来たから、「或る朝」といくつか読んだ。直哉さんは凄くさらさらとした文章を書く人という読み味。

いま、賢治さんの文章読んだらどんな感じなんだろうな。

一昔前に読んだときは、やたらと難解だなという感じだったのだが。

さておき。

お仕事。

なんだか売れっ子になっている。

売れるかどうかは結局運だと思っているから、運気が良くなっているしか思わない。

これを、自分の功績だと思ってしまうと、成功体験になってくるんのだが、個人的に成功体験ってここに寄せるのではなく、もっと職場環境の話に寄せた方が良い。僕がどれだけ奔放にお仕事しても、受け入れてくれる土壌がある体制が成功体験みたいな。

なんだか、そういう意味で職場が耕されてきた気がする。

店長も事務先生も、僕の人生劇場の登場人物ではなくて、舞台装置で良いのではとか。

別にだからといって、人間として扱わないことは無い。僕はたんにすれ違った何にも知らない人にも人間を感じたりなんだりだから、変に人を蔑ろにすることはできない。

案件が増えてくると、どうしても人が人間ではなく案件化するのだが、本日もきっちりよそ見して仕事以外のどうでも良い話でお客様と一瞬盛り上がる。もちろん相手がお客様の立場で、僕という仕事上の関係の人に遣える時間が無いのも分かっているから手短に。

ラポール(お仕事上の関係で相手がリラックスしてくれること)の為に雑談していたら、好きな漫画家さんが一致してしまった。藤田さん。からくりサーカスの話題で浅瀬でばしゃばしゃと盛り上がり、新連載始めたんですと、教えてくれたもんで、売上の為では無く、その日に読んだ。

シルバーマウンテン面白い。

藤田さんの画力と遊び心が満載。

お仕事上の連絡にかこつけて、実はここを話したかったという感じ。

そうして、結局売上案件になったのだが、売上にならなくてもプライベートで漫画話はしてみたかった人。会社員で生きていると案件の人は一期一会で過ぎ去っていくのがちょっともったいない。僕はいまお友達居なくても楽しんで生きているけども、より楽しく過ごせる友人は募集している。そうなると、この漂流文が定期更新にならないかもしれないが、別にそれならそれで良かろうという人しか読んでいない気がする。

どうでも良い話のストックはいっぱいある。

別に、自分の好きな世界を共有したいという感覚はないから、話せる人にだけ話せれば良いし、別にこの文章も、表面張力を越えて垂れ流すアウトプット。インプットに偏りがちの精神性だから、発散しないと内部が滞る。

ただ、僕のインプットをアウトプットして、全部受け入れてくれる個体は存在しないのも知っている。僕のインプットの中には当然相手も含まれているし、アウトプットするときには、その相手の自己観の範疇ではないようなこともスケッチするから、絶対当人の中で反発が起こる。別に正しいとか悪いで書いていなくても、自分が悪者みたいに読んじゃう人も居る。

だから、僕は私生活の範疇の人に自分の文章を公開しなかった。

満月さんもいちいちダメージ受けてそうだが、それを踏まえて朝活生活が始まったと考えると、なかなか素晴らしい。僕の存在という刺激により、より満月さんの人生劇場で動こうという感じ。

こう書くと上から目線みたいに読まれそうだが、人間関係に上下も左右も無いので。

やれやれ。

すんごい読まれてそうなkindle読み放題の本で、非言語の言語化という概念が出てきて、それそれ! と思った。

曰く、非言語を言語化する為には、言語の目盛りを増やさないといけないという主張。

言語を増やさないと、世界は都合良く展開しないよみたいな。

たしかに分かる。

僕は、昔の文章で、こういうニュアンスのことを書いたら、その時関わっていた女性に無茶苦茶怒られたのを覚えている。私が拙いってことか!!!って。

今想えば、語彙と世界は癒着しているから、言語領域に余裕がある人の方が人間という意味においては、たしかにこの女の子は拙いんだと思う。直に拙いと言わなかった僕はまぁまぁオトナだった。0か100しか無い世界で生きている人は人間を謳歌していないという意味で、拙いと言うしかない。実際そんな人が居てもそうだとは言わないけども。

このkindle本、読んだのだが、作者さんの名前は覚えていない。

僕はちゃんと世界認識になったときに名前を覚える。名前は後。

言葉を重視しているにしては、言葉遣い粗いと思っちゃった。

非言語の言語化のプロフェッショナルは小説家だから、小説を読めって指標を呈示しているのだが、どう読んでも、小説を読み込んでいる人の文章でなさげ。

おめぇ村上春樹さんすら読んでねぇだろうみたいな文章。

誰でも読むような小説を読んでいたら、同じような文章しか書けないみたいなことを書いていたのだが、文章が携帯小説ぽくて、いったいどんな小説を読んだんだ、恋空か?(ケータイ小説、好きだった)とか。

実際、言葉の目盛りが触れることが、ほんとうに誰にとっても良いとは思わない。

好奇心を根っことして、世界のことをもっと細分化したいっていう研究家みたいな精神性の人にとっては良いけども、社会の中での立ち位置を気にする人にとってはこんなよそ見は要らないから、僕の人生劇場の楽しさが、誰にでも通じるはずがないと思っている。それで良いし。

彼岸花の分布で、川縁でも滅茶苦茶咲き乱れている場所と、ぽつぽつと咲いて居てる場所がある。この違いがどういう理由だろうというと捉えるのが文学者。つきつめて、現象を解明したくなるのが科学者。

僕は科学者まで世界を解明することに人生に重きを置けない。

そこを解明したところで、解明すべき世界は無限だからきりがない。

文学者は、あくまで何を考えていても、個体だから良い。

現象を解明する必要はなく、あくまで記述すれば良い。

いや、ほんとうの文学の学者さんは解明寄りで研究しているのかもしれないが、文学ほど研究する意味がない領域は他にないような。

研究対象がしっちゃかめっちゃやってるから、統一的な解釈なんてあるはずが無い。

知らんけど。

言葉の目盛りなんて、自分を壊す覚悟が無い人は増やさなくて良い。

へい、ここまで。

明日は朝活が無いのだが、個人的な越境として、勝手に満月さんの車を借りて朝ザップする世界でも良いな。筋肉痛が起こらない筋肉を搭載する世界線。

おやすみさない。

良い夢を。

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