22:18から。
珍しくタイトルから決めた。
第二候補として「馬鹿馬鹿しい」が浮かんだが、筋としてよろしくない。
良い意味と悪い意味があるのだが、良い意味から。
良い意味というのは、僕を楽しませているのだから世界(日記)に登場させろと言う満月さん。
言うだけある。
早上がりで、チキン南蛮と、茄子と厚揚げの焼き浸しをこさえてくれた。
完成度高すぎ問題。
チキン南蛮のチキン、柔らかい。肉を柔らかくするための「ブライン液」に30分漬けてくれたとのこと。この手間ももちろん良いのだが、至上はタルタルソース。
紅ショウガのアクセントが甘酸っぱさを演出している。
ついでに、僕の好みのあっさり系にも寄せてくれるという技巧。
素晴らしい。
焼き浸しもあっさりで美味しい。
昆布だしかな?
こういう登場したがりはとても良い。
僕の世界に影響しているのだから、権利を主張しても然るべき。
個人的には、影響しつつも書かなくて良いよって言われた方が書きたくなる。
なにせ天邪鬼というか、言われたことをそのまましたくない人。
僕の行動を決めるのは、誰かの言葉上の指示でも懇願でも無いもんで、
ほんとうに影響していれば、勝手に日記に出てくる。
良いことに対しては細かく言語化する必要が無い。
だって、別に言語空間で捉えていないから。
その空間を共有したいという言語の共有はあるかもしれないけど、個人的には言語って解像度が低い情報だと思っているから、どれだけ言葉を尽くしても共有できない。
だから、視覚情報を共有する方が優位になった。
僕としては、個人の「感じ」はシェアできないから、言葉だろうが画像だろうが動画だろうが、共有はできないから、解像度が低いという意味では全部同じだと思っている。
体感は伝達できてもシェアできない。
まぁ、語彙は情報を共有するために必要だと思うが、きちんと情報を伝達する語彙を備えているオトナがどれだけいるだろう。
本を読めとは言わないが、自分の語彙が人生圏だけで使っているものしか無いという人はそれを自覚して、あんまり伝わらない語彙しか所有していないことを把握した方が良いかもしれない。
これは誤字警察に対しても言える。
伝わっているんだったら、正確な語用なんてどうでも良いのが人間関係。
公的なところでは、という場面の問題はあるけれど、この場における語用の正解不正解は、もうマジョリティでは無くなる気がしている。
良くワカラナイけど、正確な語用ばかり問題している人が文章力あるとは思えないんだよな。自分のではない言葉を遣って自分が伝わるか問題。
他人の言葉を観測してアレコレ正誤を判断する人ってどういう世界観で生きているのだろうな。自分は正しく言葉を扱えているとか? でも言葉の正しさって滅茶苦茶流動的だから、どの時点にしているのだろう?
知らんけど。
そうして。
悪い意味。
お仕事。
本日はてんちょーとふたりの日。
もう、僕の人生劇場上、どうでもいー人だから、あんまり登場させない(観ない)ようにしようとしている。この空気感がバレたのか、登場したいと主張してきた本日。
別に馬鹿にしている訳でもないし、ただ世界が違うかなというだけ。
僕も結構経年しているので、人のことは結構見える。見え方は幼少期とあんまり変わって居ない気もするが、経年しているとこの実績でちょっと説得力が出てくるのが経年のメリット。
もはや主張が面白くて。
あんまり細かく書いちゃうと、コンプラ的にてんちょーアウトになるのでぼんやりと。
別に僕はてんちょーにうらみつらみ無いから、てんちょーの仕事の立場を壊すことはしない。そんなことしてもなんも楽しくないし、復讐みたいな概念もとうに卒業している。てんちょーが失墜しても、いい気味とはならない。
なんだっけ。
てんちょーから、本日「やる気無いんだった辞めたら?」と言われた。
この仕事で経年が僕より浅い犬型新人に売上が負けていることに対して悔しいと思わないのかということも言われた。
この発言に対して、僕の本当の素朴の返答は、「僕の辞書というか言語空間において、やる気も競争もとうに卒業してしまっているので、その言葉、何も響きません」になる。
これを返しててんちょーが理解できると想えるほど言葉に対してメルヘンでは無いから、言葉を飲み込む。
もはやてんちょーに対しては鏡では無い。
ちょっと、他者に対して理想が高すぎるという部分で反響していたのは自覚したが、こういうのは辞めた。
面白いことに、てんちょーの部下になった人、この職場で全然生き残ることができない。
部下を持ったことないなんて言わせない。
もうちょっと分析。
これはもはや面白がっているから、僕がてんちょー(環境)に対して理不尽だと認識している人とは共有できない。悪口じゃないのよ。
悪口の定義は、自分にとってキモチワルイ、ないし不都合であることに対して、言葉だけでぐずぐつアレコレ言うこと。自分が他人の劇場。
面白いなと思うのが、てんちょーの仕事観って、仕事で働いている他のスタッフはどうでも良くて、ともかく売上に向かうように仕事するのが正解だという認識なのだろうなと。
これも1つの価値観だと思う。ただ、これでやっていこうとほんとにするんだったら、とっとと自分で開業した方が良いと思う。独立していない以上、この世界観はそれほど成功しないということ。
僕について「やる気が無い」と評価するのも、自己のプライドとか結果に傾注するような仕事振りではないと観測されるから、もっとがむしゃらにやれよという評価になる。
ただ、僕の世界観だと、職場の調和が大事だし、僕の売上がもっとも大事だという価値観でも無いし、裏方パートで調整する時間の方が多い。
それで僕の売上が下がっているとは分析しない。
そうじゃなくて、上層部がともかく悪い。
僕ができるようになった分、僕に甘えるパートが増えている。
僕が売上に傾注するような土壌が無い。
てんちょーも経年女子も、自分の仕事を減らしたい人だから、割を食えない。
その割を下が食うしかないのに、売上に傾注できるはずが無い。
それでも僕がそれをやるんだったら、もっとギスギスする職場になる。
いや、上層部はそれで良いのか。
僕はそんな職場嫌なんですが。
僕がこのギスギスを気にできなかったときの方が店舗の売上が良かったって面白い。
なんだっけ。
てんちょーが僕に対して、「やる気が無い」と評価することって、てんちょーの世界観としては読解できる。ついでに経年女子もやる気が無いと言っているらしい。
「やる気」ってそもそもなんだろう。
行動ではないし、動機でもない。
人が動くエネルギーだという認識はあくまで当人の主観。
人はやる気無くても、物理的・習慣的に動いていますから。
てんちょーの語彙で言う「やる気」って他者から観測できる「姿勢」だと思った。
何かあくせくしている姿勢が外から観えることがやる気。
全く効率的ではないのだが、なんとなくは分かる。
僕があくせく無駄行動をしないことが、やる気が無いと言われる。
僕がてんちょーに対して言いたいことがあるとすれば、てんちょーの姿勢に全然やる気が観測できないんですがということ。
おめーががむしゃらで仕事していないのに、何で下がそれをやると認識している、甘えん坊かよと。まずお前ががむしゃらの指示じゃなくて、姿勢を見せなさいよと。
お前が仕事やる気無いのに、スタッフのやる気を問題する理由があるの?
店舗の売上が悪いのは、お前のせいだよ。
と観測するしかない。
満月さんの方がまったくもって店長やっとるわ。
店長の器は、スタッフの能力と人格を調整するというか、読解できること。
解像度の濃度が店長の能力を決めている。
へい、ここまで。
おやすみなさい。
良い夢を。