後ろ髪

0:22から。

夜更かし。

連休が久々だもんで。

これから手早く。

本日は小雨で寒かったのだが、1人で遊びに行ってきた。

近場が休業日だったけど、天候も状況も僕が動かない理由にはならない。

環境なんて操作できないし、いつでも都合良い訳では無い。

自然主義。

ただ、人間環境に対してはそうもいかないのなんだろうなとふと疑問に想う。

いや、人は環境じゃないからという説が沸くけど、僕を環境側として観測したとき、僕のことをどうでも良いように使いながら友達みたいな人も居たし、僕は日向とか止まり木みたいな環境として捉えらていたような。

ここの話は、僕がどう捉えているかでは無くて、僕がどう捉えられてきたかという話。

ちょっと人でなしの僕を書いておくけども、それほど特定の誰かが必要だと認識する世界では無くなっている。だいたいできるし、それほど心に欠けが無くなって誰かに補充されなくても良い。必要だからその相手と過ごすって、その人退場したらどうすんだと思っているのだが、社交辞令みたいな言語化なのだろうか。

何をもって必要なのか。

この視点で僕の世界を振り返るとちょっと別の世界観になってくる。

梶井基次郎さんの「檸檬」でもないけれど、心臓辺りに不吉な塊みたいなものがある。

この気持ち悪さを解消するために、この職場が劇場として出て来た説。

次の壁なんだろうな。試練大好き。

登場したがりてんちょー。

もうてんちょーのことを職場上失墜させる材料はふんだんに持っている。

でも、別に恨みつらみではないし、てんちょーの人格も社会的な立場もどうでも良い。

あくまで僕の問題。

空気を読みがちだから、相手の世界観をあまり壊さないようにしたいという自己制限がある。でも、空気読んだところで全然楽しくない。別に僕にヘイトが集まらないようにしたいという観念ではない。いや、中学校くらいにはヘイトが集まらないように空気みたいに生きていたけども、この経年だとどう生きても退場は無い。移動できるもんで。

この制限が職場でも気持ち悪くなってきた。

てんちょー、僕に対してやる気無いなら辞めて良いよ言った話は書いたと思う。

この流れで、反論があるなら言っても良いけどって言うのだが、こういうフレーズしか遣えない人って、相手からの反論を許容できないと思う。自分の世界だけで議論したい人と議論できない。

僕の反論があるとすれば、議題に上がっている問題では無くて、そもそもの前提のこと。

てんちょーもこの仕事に対してやる気無いですよね、部下に指示している所作、全然自分でできていないこと、自覚していますか? してないんだったら辞めても良いんじゃないですかって、言っても良い。

言ったところで、僕に対する風当たりが強くなるはずもない。

おそらく、めんどくせぇ人だなと認識されるだけ。

それくらいの人の為に、生きる時間は無い。

どうでも良い人には面倒くせぇ人物だなと認識された方が楽。

これは一択。

理不尽に打ち勝てるような教養は培ってきているもんで、発動するしかないよな~。

正味嫌なんだが、食わず嫌いはいけない。

こういう時は人を相手としていないと思った方がきっと良い。

僕の遠慮が無い素朴な突っ込みは相手にとって致命的に痛い。

やりたくないな~。

まぁしょうがないか~。

一緒にお仕事する人達じゃないもんな~。

3年くらい一緒に仕事しているのに、何の人間味もないもんで~。

色んな材料もあって、方法もあるから、何とでもなる。

こんな話書きたくないんだったら、書かなくても良い劇場に移動するしかない。

こんな世界観に付き合ってはいけない。

へい。

おやすみなさい。

良い夢を。

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