0:40から。
どうでも良さが天井知らず。
あんまり酔ってはいないのだが、なんだかこんな時間。
酔い具合にも色々ある。別に人の本性なんてお酒を飲んでいなくてもなんとなくわかるし、どうせなら、どうでも良い話を飲みながらできる友達が欲しい。変なことをお互いが思っていても、酔いに任せてそれを現実化しない感じ。
アルコールは別に何の解消にもならないし。
じゃあなんでそんなに体に悪いとされているものを飲んでいるのかというと、単に美味しいからで良いような気がする。僕としては、毎食満腹になるまで胃をいっぱいにする方が体に悪いと思う。
これは価値観の話。
本日。
髪がもさもさになってきたもんで、髪を切りに行ってきた。
満月さんがこの人がカットした硯の髪型がお好みなもんで。そんな感じなのに、満月さんはこの美容師さんと、僕の仲を(冗談で)疑っている。実際何にもなくどうでも良いことを面白く話しているだけ。
どうやら今のお店から離れるみたい。
ちょっと遠方になっても通える距離感であれば付いて行く所存ということは言った。
この人の良いところは、最初から自分の話をしないところ。
1回目は黙々と切ってくれた。こういう様子見が嬉しい。
もはや第二の地元の話とか、お互いのプライベートをちょくちょく話す仲。
もちろん、だからと言って、何もない。お互い配偶者持ちだし、別に下心は無い。
(ちょっと皮膚の具合が悪そうななのは気になった)
そんな感じで仲良しなのだが、今回お任せで切って貰ったら、ちょっと主張が強そうな髪型になってしまった。満月さん的にはOKらしいから良いのだが、カリアゲはともかく、前髪がなげぇ。
急なお仕事があり、そのまま私服で仕事場に一瞬行った。
てんちょーからは、私服で来るなと言われている。この理由は、全然ワカラナイ。来客のタイミングでだったら、分かるし行かないのだが、居なくても駄目らしい。
なんか気分以外の合理的な理由があるなら言って欲しいのだが、単なる駄目しか無かった。
こういうのでは誰も従わないというか、白けつつ従うだけになる。
本日は経年女子とロマンスおじいちゃんしか居なかったし、一応来客があるかどうかを聞いたから大丈夫。
やんちゃくれな私服で、美容師さんの主張が強い刈り方とワックスセットもやってもらって行ったから、見てくれが随分違ったと思う。おそらく、明日(今日)、経年女子が犬型新人との雑談に上がるに違いない。
いや、これは上がっても上がらなくてもどうでも良いのだが、この職場上、害が無い雑談ができる対象が僕しか居ないのはしょうがないなというだけ。僕のことがどれだけ話題にされていても、当人がどこ吹く風な人は僕しか居ないもんで。
明日(今日)も一応休みなのだが、お仕事に行くかもしれない。
ちなみに、先程書いた急なお仕事、犬型新人が出勤していたら頼めるレベル。
仕事の難易度で言ったら経年女子は容易くこなせるのだが、この人、基本的に他人の仕事を請け負うつもりが無い人だから、自分ができる人風なのに、他人に依存している。
犬型新人の方がよほど人間。
僕だって、犬型新人を無駄に出勤させたく無いから、なるべくできることは全然やって良い。
これは、こうやって持ちつ持たれつをしたほうが仕事場の効率化に繋がるというくらいの意味合い。
僕は別に犬型新人を甘やかして居ない。単に仕事は仕事、プライベートはプライベート。上層部は公私混同して自分を甘やかしている分、下に厳しいので、話にならない。
そういえば、いまの子供には大人の価値観が通じないというYouTubeの動画を観た。
宿題しないとおやつあげないよとか、ご褒美の為に努力しなさいが通じないとか。
僕は今の子供だったのか。昔から特に執着無かったし、今の僕も努力してきたからこうなっているという功績感が全くない。
色々できるようになってきた部分は、あくまで楽しんできた自分の結果であって、努力してきた実感は全くない。
てんちょーの部下のコントロール方法と、下が合わないのは、こういう部分。
義務だからやれと言われて、やる子供は居ない。だって、現在、価値観は一元化されていないから、きちんとその意味を言語化されないといけない。
人に頼むときにはきちんと何故頼まないといけないのかを言語化する。
僕はあんまり頼まないのだが、このやり方は割と固有なので、見倣えないと思う。
例えば、てんちょーが仕事がいっぱいいっぱいで追いつかないから硯さん助けてっていう言語化だったら、僕はもっと稼働できると思う。
でも、てんちょーはあくまで自分が上の立場で居たいお父さんムーブしかできない。
ほんとうにお父さんだったらもっと器は広くしてくれよという感じだが、器が狭いもんで、お父さんになりたいおこちゃまみたいことになって、てんちょーの器が店舗の規模を決めている。
この3年、店長として成長する努力をする気か無かった人。
こんな人に、努力しろと言われて努力できる人はよほど人を信じ易い人しか居ない。
僕の辞書にはもはや「努力」という言葉は無いので、誰かに努力したら何とかなるよみたいなことは言えない。努力でなんとかなるという世界観の人は基本的に修行僧というかマゾヒズムの人だから、自分に陶酔している。これがアルコールとどっちが悪いのかは微妙なところ。
いや、努力の方が体にとっては健全か。
精神にとっては絶妙。
努力なんて、だいたい報われない。
だって、そういう概念だから。
僕がどうでも良いという延長で、どこまでどうでも良い世界の人に付き合わないかということを考えている。こう見えて根が優しい。厳密には自分の優先順位が低い。自己肯定感はもうあふれ出るくらいなのだが、相手の劇場に付き合っちゃうというお人好し。
てんちょーの仕事時間に付き合わなくても良いよなと、切り離してしまいつつある。
この人、僕にとって好きとか嫌いの対象にならない。だって、全く人間じゃないから。
上司はせめて仕事は楽しそうにしろよと思う。
努力しない上司には何の信頼も集まらない。
僕が本音で語ってヘイトを集めてみた世界。それども良いような気がする。
もはや公私で意味分からない人物だと認定さているから、僕の発言は保身でも相手を下げるでもないというのは気付いて欲しい。
これで駄目だったら×ですが。
てんちょーと細かい仕事の話をしようとするのは絶望。
人の話を基本的に聞けない。てんちょーの語用に合わせたところで、誰かからの話では無くて、自分語りになる。
そもそも人間として認識されていない。
悲しいこともない。
だいたいそんなもの。
これを読んでいる人のだいたいが、他人のことをそれほど認識していない。
自分の価値観と一致しているというのは、生活圏がたまたま一緒だからという具合でしかないような。
生活空間が物理的に離れたと仮定して、それでも関わりたい人ってどれだけ居るだろうか。
僕はこの文脈で生きればいっぱいお友達できそうな。
知らんけど。
おやすみなさい。
良い夢を。