22:20から。
ひたすら疲れるが、お客様に向けば元気をいただける。
お仕事。
何が疲れるって、上層部のお仕事振り。
ギリギリで忙しいスタッフに対しても、スタッフの仕事は最小限しか減らさない。
この精神性、なんなのだろう。
人が成長するのに必要なものが、苦労であるみたいな時代ではない。
下積みが人を成長させるみたいな結果でできた人格が上層部だったら、僕は願い下げだし、そんな風に人を成長させる気は毛頭ない。
折角経験積んで色んな人を見ているはずなのに、自分の方法論しか正しく無いなんて、つまらなく無いか。
また、哲学ぽい(いやだいたい哲学ぽいのだが)話。
人の成長ってなんだろう。
だいたいの人は社会化みたいなことを問題としている。
他人に迷惑かけない程度に自分で、自分はやたらと守れる人格を形成すること。
分かりやすい例だと、宿題の期限を守れない人は先生に怒られるという動機によってもろもろのタスクを期限内にできるようしないといけないという精神性。
たしかに、この感じで生きていれば、自分ができていることを相手ができないことをやたらと責めることができる。自分は常に危機感の中で自分を守る為に生きているのに、なんで奔放なの?みたいな。
ついでに、先生目線に晒されているから、自分も先生目線になるんだよな。
てんちょーも経年女子も、本社の目に色々と晒されているから、自分が先生になったつもりで下を詰めるのだが、貴方達、あくまでこの店舗の構成員の1人1人でしか無くて、先生みたいに指示する権限は無いんだけど? って思っている。一緒にこの店舗の仕事を減らしていく共同作業員じゃないの? って。
たしかに、経年してくると、そういうところしか守るところが無くなってしまうというのは分かる。
これが、危機感とか先生とかの観念の成長の打ち止め。
もう当人が成長できなくなってしまう。自分が危機感とか、先生の目線にさらされなくなったら、もう人生をサボるしかなく、最近の若い者はけしからん、みたいに言うしかない。
これは別に人格否定では無く、生き方の違い。
危機感の心理的安全性皆無で成長してきたと思い込んでいる人は、他者に対しても、危機感を煽れば稼働すると思っている。
でも、この世界観って、ぶっちゃけ社会化というよりは自己の機械化なんだよな。
ガソリンが投入されないと動けない、なんならイレギュラーに対応できない人材がいっぱい育成される。
勧善懲悪が好きだったり、結婚式を夢見たり。
このパートは割とどうでも良い。
僕の世界観じゃないから、あくまで想像の話。
いや、この世界観で生きいる人といっぱい接してきたから、割とリアルなのか。
僕の日記を読むような人は、だいたい卒業しているだろうし、片足突っ込んでいてもそのうち離れそうな人。
そうして、僕の仕事振り。
絶賛調子が良いのだが、この調子、上層部のテコ入れと無関係。
心理的安全を確保できない職場を度外視して、好きに働こうと決めたから。
僕は、心理的安全が無い場を常としてきたから、頼りにならないならその人は舞台装置で良い。
僕のお客様のクチコミで「笑顔」という単語が出てきた。
てんちょー曰く、硯さん「以外」への評価じゃないって言っていた。
硯さんは笑顔ないじゃんって。
たしかに、僕は職場に笑顔を向けていない。だって、笑えないから。
笑い話は定期的に起こるのだが、だいたい無表情。
職場では、もしかしたら犬型新人にはほんとの笑顔を向けたことがあるかも。
だから、職場で唯一懐いてくれている。
あんまり意味分からない話になってくる。
笑顔って、技術的側面がある。
自然な笑顔も、結局は、向けられたことがある笑顔のトレースみたいな。
自分の顔が崩れない程度に笑顔をするとか。
目は全然笑っていない感じ。
笑顔の使い方って、相手の警戒心を解くというのが普通だと思う。
これが、主観的な使い方。この笑顔は割と機械的。
僕のほんとの笑顔は、僕が相手のことを警戒してませんよという顔になる。
僕の顔の造形は割と良いらしいんだが、造形は度外視してくしゃっとする感じ。
こんな警戒心無い顔付きで良いのかというところから、内部は意外としっかりしているというギャップに、人は惹かれるんだろうな~と。
別に、自慢では無く、僕がどうやって人をたらすのかという構造分析なだけ。
僕がお客様と対話して楽しいのは、お客様によって自分が成長させてもらっているという感謝があるから。仕事がら、色んな人の人生劇場を聞くことになるのだが、そうやって話してくれることが楽しい。それぞれ色んな苦労があるよなぁって。
この影響が僕にとっては、成長。
自分軸で、何か積み上げていって自己評価が上がるみたいなことではなく、色んな人と接して、自分軸とは関係ない物語を収集して、自分に生かせることは吸収するし、相手も僕を吸収できるような関係が構築される現象に、成長という言葉をあてたい。
僕の自己評価はここまで生き残った時点でカンストしている。
この凄さはこの人生を生きてきた僕の内部にしか無いから、他人とは比べられないし、継承もできない。
だもんで、世界に対して怒る意味はあんまりなくなっている。
一緒に世界に怒りたいならノーウェルカム。
この人生劇場を楽しみたい人だけウェルカム。
おやすみなさい。
良い夢を。