22:29から。

どこまで細かく書けるか。

愛の話。

エーリッヒフロムさんは、「愛」を技術だと言った。

たしかに、本質に愛が無い人は、練習しないといけないかもしれない。

ナチュラルに視点をズラせる人は、愛を搭載して産まれているような。

自分がどうかではなく、相手がどうかの視点。

お仕事。

経年女子騒動で、体調不良で薬漬けのてんちょーが社長とか大店長からテコ入れされており、ざまーみろでは無く、なんだか可哀そうだなと思ってしまう。

のだが、仕事を回していない以上しょうがない。

僕はてんちょーの人部分を可哀そうだと思っているが、立場としての店長部分にはなんの情けも無い。能力不足というか「愛」不足。

イイ大人が、上から「言い方気を付けろ」って言われなきゃならないって、それこそロープレが足りないと思う。いやてんちょーがロープレ(練習)しないと上手くならないよって言うもんで、あえて書いただけ。

部下に対する言い方の練習不足。

ナチュラルが語彙に愛が足りないから、とっさに地が出ないように自分を制御しなさいという話。イマドキ部下に対して、「お前ら言うこと聞かない」、「やる気無いなら辞めて良い」とか、どんな職場だよって。

内部がどう思っていても良いけれど、言い回しに人格が滲み出るのは辞めた方が良い。

経年女子騒動の顛末はどうでも良いのだが、ちょっとだけ書いておく。

米騒動みたいな感じ。

西洋医学と一緒で、対処療法みたいに、言い回しとか、人を大事に扱いましょうみたいな啓発系のぼんやりとした落としどころになった。

問題は人の根っこなのだが、根っこを矯正するのは職場のお仕事では無くて、目に見えるところだけ変えるように指導することになる。

今回の騒動で一番楽になったのは、経年女子。

てんちょーのやり方が、経年女子をしんどくさせるから、さらに上に訴えて、私のしんどさを認めてと学級委員会に回して、てんちょーを悪者にさせたみたいな感じ。

てんちょーは悪ガキみたいな感じだが、先生の言うことは聞くので、経年女子に対しては遠慮しまくることになる。

その分が下に流れてくるのだろうな。

僕としては、お前らちゃんと仕事せぇやと思っている。

てんちょーは職場回しが仕事だし、経年女子は事務の統括なんだからもっと事務に専念して、上層部がちゃんと仕事回せよって。

僕が休日出勤しているのは、自分の仕事というよりは、上層部の尻拭いだと思っている。

自分の職位に見合った仕事をしていないから、変に下に仕事が増える。僕の職位では、仕事場全体の雪かきができない。

なんなら勝手に上層部の仕事も減らしている感じなのだが、そこに感謝の言葉はあったとしても、行動返しが無い。僕はこういうやったから返せみたいな感覚は無い。返って来なかったら、もうええか、となるだけ。

「愛」の話。

犬型新人のエピソード。

僕が2連休のタイミングで、高熱が出て仕事を休んだとき、上層部は、彼女が休みだからという忖度は無く、熱が出ている彼女に仕事をさせたらしい。聞いている限り、上層部ができない仕事じゃないのにやらなかったとしか読み取れない。

経験上も能力上も時間上もできそうなのにやってくれなくて、涙が出たとのこと。

僕が出勤日だったら普通にやったし、なんなら、休日の僕にでも言ってくれたらお客様とか業者に連絡くらいやりますけどという感じだが、職位上、越権だからできない。

このエピソードで、犬型新人が上層部に思ったこと。

この人達、私が熱出ているのに、私の仕事やってくれない。

これが行動に愛が無い具体例。

こんな扱いをされると、普通の人は、自分がサボっているとか仮病だと捉えられていると読み取るのが普通の感覚。そりゃあ泣ける。頑張って成長している犬型新人の本質がどうでも良いとしか思われてないとなると、この職場で生きていく意味が無い。

僕もてんちょーから、張り紙の指示があったとき、てんちょーは僕がてんちょーが居ない場ではサボっているのでは無いか、監視しないと僕が動かないと認識されていると思って、哀しくなる。

僕のことを同僚として信頼して無いんだろうなって。

甘えん坊な癖に。

満月さんは店長だから、てんちょーのことをなんとか擁護したかった昔だが、店長レベルが全然違うので、あんまり同調しなくて良い。いや、もう同調もしてないか。

「愛」がどういうものかって哲学的な話だけど、結局は当人が想う存在の本質。

僕はもう、誰かから返って来ないと自分が愛されていないという人生観を卒業しているから、愛は言葉じゃなくて、同じく劇場を過ごしている中での気遣いとか行動だと認識している。これがあろうが無かろうがどうでも良いけども、それが無いということは、愛が無いんだろうなって。

愛は求めるものではなく、与えるもの、なんならばらまくもの。

だもんで、僕は、自分が現実的に動いていることに対して、それが「愛」だとか「優しさ」だとか自認していない。

ただ、この僕の存在をどう扱っているかというのは結構気にしないといけないなと思っている。

行動返しができない人は、僕の人生劇場で一緒に過ごせなく可能性がある。

プレゼントとかの一過性の瞬間の行動では無く、日常の話。

続けるというか、感情がどうあれ日常にできるのも愛。

ここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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