自覚

22:35から。

仕事の帰り際、鼻水がじゅるじゅるになったタイミングで、てんちょーがようやく僕の体調不良に気付いた。もう定時は過ぎていたから、「一刻も早く帰れ」と言われた。

言葉だけ。

ほんとうに心配して、帰そうと行動するなら、僕がこれからしないといけない残務を聞いてあとやっとくよという話にならないと、僕は帰れない。

僕の観測だとてんちゅーも自分の業務でぱんぱんだから無理そうだから、せめて言葉をということなのかもしれない。いや、おそらくこの人、余裕があっても実際スタッフが休まない限りやらない(経験則)。

こうやって言葉と行動を乖離されるのは、あんまりよろしくないと思う。

僕にとってという意味ではなく、当人にとってという意味合い。

お仕事。

犬型新人も僕の日記の読者だもんで、昨日の日記の下りで、「私に怒っていますか?」と聞かれた。ついでに、てんちょーと話した詰めの下りの犯人も犬型新人だった。

てんちょーは「硯さんは人間ができているから、何の文句も言わない」と宣う。

僕としては、自分が人間ができているとは思っていない。

あんまり怒らないのは人間できているのだが、精神性はとても幼い。幼児から怒りを引いた感じ。

好奇心旺盛、自然に興味津々、自分ができるようになる成長を問題とする。

まぁ、正直、良い加減、僕は自分の「優しさ」とか「良い男性」を自覚しないといけないなと想った。

これ、別に自慢じゃない。

地がこれだもんで、別に誰かとの関係性を良くしたいが為に無理したら、むしろ重しを身に付けて普通の人っぽく振る舞ってしまう。これくらいが人間関係のエゴよね、みたいに。

感じが良い人であるかどうかは知らないけども、メタ認知があると、自分の振る舞いが客観的にどうであるかということが把握できると思う。感じの悪さより、怒りの方が優先される人は、イヤイヤ期から卒業できていないんだと思われる。

そんな感じで、僕の地の自覚は、自分の素朴を誰にどこまで発動するかというコントロールの入り口だろうなと。

自分がそういう人だという主観しか無ければ、僕のエネルギ―は乞食みたいなエネルギーが不足した人から吸われ放題になる。メタ認知だと僕のエネルギーは他の人より多いみたいだから割となんとでもなるのだが、意味が無い人にエネルギーを遣う意味は無い。

てんちょーは、お客様を自分の経験則で腑分けしてスタッフに指示をするのだが、この腑分け、個人的にはあんまり信ぴょう性が無い。色々言ってくるのだが、この指示、相手との関係が無い前提になっている。

なるほど、人と関係性を構築できない人ほど、人との関係性を言葉上で気にすることになるのか。自分へのメタ認知が無いから、自分の判断基準が全てみたいなことになる。

「人間ができていない」という発言も、別にここから人間ができるようになる意識も無い。

たぶん、当人の中で、「人間ができていない部分もアイデンティティ」みたいな主観があるのだと思われる。

別に、てんちょー分析はどうでも良い。

僕の優しさの話。

僕の優しさは、てんちょーの認知だと、図々しさが無いとのこと。

あっさりし過ぎていて印象に残らないと。

個人的には、そこまで図々しくする必要がどこにあるんだろうと思っている。

そういう客層を拾うのも良いけれど、もうちょっと人を見た仕事をしたいところ。

満月さんが転職先で良さそうな職場を見つけてくれたので、とりあえず応募だけしてみようかというところ。

僕の地は、上層部には発揮してはいけないと思っている。

上層部、精神性が基本的に甘えん坊なので、僕が下手に出たら、僕のエネルギーと人格をごりごり削って来る。

犬型新人には僕の地を割と発揮しているのだが、これは、彼女がお仕事上、僕に優しいというか優しくしようとしているから。

ここでいう「優しい」の定義は、余裕があるから野良猫に餌をあげるみたいなボランティア的な意味合いでは無い。

余裕があるときに優しくなれるのは当たり前。

そうじゃなくて、余裕が無い中でも、誰かに行動できるかどうか。

これちょっとヒーローぽい精神性の感じとも似ているけども、そうじゃない。

誰かの為にしなきゃ自分が保てないというのとは別枠で、そもそもそういう精神性を持っている感じ。

やべ、もう寝る時間。

おやすみなさい。

良い夢を。

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