22:51から。
オリンピックが何処で開催されていることも、今日が何の日にも無頓着。
それでも健やかに生きていける。
YouTubeで、「人から好かれようとしなくなった人」という話があった。
僕、結構そんな感じになってしまった。
この動画の文脈は、人の期待に応えないと自分に価値は無いと思い込んで自分を制限しないと社会の輪に入れないという強迫観念は要らないよという感じだから、厳密に言えば僕の世界には適合していないのだが結果的には割と近い。
僕のもともとは、相手の中にある僕という概念をあんまり動かさない方が良いかなという感じだから、期待の中身が若干違う。あんまり相手の世界観を壊さないようにしないとなって。たしかに、これは期待の概念に含まれる。相手の中に存在する自分という仮面(ペルソナ)を被っておかないとって。
あと、おこがましい話だが、地を出すと無駄に好意を集めてややこしくなった思春期くらいの経験があって、そんなに人に好かれたくないというトラウマというか、制限がかかっていた。
何年前か定かではないが、この辺りのタガがどうでも良くなって、老若男女を人としてたらすことになった。お客様とは結構近くなっている気がするが、僕に恋愛感情を抱いたお客様は居ないと思われる。
要は、「人から好かれようとしなくなる」ということは、きちんと自分で存在を保てるということであって、他者へのケアをしなくて良くなるということでは無い。
あと、自分と他人の間に緩衝材というか空間があるから、他人から何を言われても、特にダメージにならない。ただ、世界観を壊すことまではしたくないなというのは残っている。仲良く無いから、そこまでぶっ壊す気が無い。
これは別に僕がもともと持っていた感覚ではなくて、現在進行形で変化している過程だから、昔の日記には書いていないはず。
お仕事の話をさっさと書いておこう。
経年女子の話。
すんげぇ世界が固定観念で凝り固まっている。
事務作業のところでこの人の見落としがあって、フォローして何とかなりましたって報告したら、ごめんなさいではなくて、「そこまでは見られなかった」と言う。
いや、僕も別に謝って欲しい訳でも言い訳して欲しい訳でも無いし、単なる報告でしか無い。
こちらも経年女子が完璧に仕事できると思っていないし。
ただ、この反発が起こる構造を分析したらとても面白かった。
僕は経年女子から、仕事が遅いとか、ここができていないとか日常的に指摘されるのだが、この仕事のやり方が、自分を守る為だと仮定すると、僕の指摘は、こいついつも言ってくるから、不備があったから鬼の首を取ったように、カウンターしてきたと変に勘ぐっているのかもしれないなって。
いや、僕はお仕事に来ているだけであって、あなたの世界観なんて知ったことじゃない。
ちゃんと仕事して、というだけ。僕にどれだけ攻撃されても、反発するエネルギーが無駄。
本日の僕の案件でも、やたらと自分の世界観に固執していた。
契約者になる人が来ていないのに、確約ができるかって。
僕としては、そんなの別にできる人も居るでしょうという感じだから、特にお客様にも聞かなかった。そういう違和感があればとっくに聞いている。
ちゃんと、申込みになりました。
てんちょーも経年女子も、すんげぇ自分の世界観に固執している個人主義だから、人が自分より優位な位置に立つことをとても怖れている。
アイデンティティが固まり過ぎたところで、不安が募るだけなのだよな。
だって、土台が変動していくのが人間だから。
へい、ここまで。
おやすみなさい。
良い人生を。