障り

23:04から。

お仕事行くと、顔が干からびる感覚がある。

表情がこわばるを越えて、固まる。休みの日の僕は表情筋豊なのだが、仕事とではほぼほぼ無表情。表情筋が鍛えられなくて困る。

本日の仕事も疲れた。

何が疲れるかって、店舗が不安も仕事も減らしてくれることがないから。

外回りして案件が溜まっていくのがとても不安。この中には時間が大事なこともあるのだが、時間が大事なことでも放っておかれるから、遅くなってすみません、みたいなことになる。

世界を自責に捉えるまともな人ほど生き残れない。

まぁ、この話はどうでも良くて、ちょっと昨日の続きを書きたくて読み返した。

尊重と言葉の話。

生活って行動の蓄積だから、言葉ってあんまり関係無い。

昨日の日記の至言「尊重があれば言い訳を言い訳と認識しない」をくれたお客様は、割と他責の世界だから、話していて正直聞くに堪えないところがあった。離婚をするけど、まだパートナーは欲しい。そのパートナーは自分にとって都合の良い人が良いって、条件を羅列する。

僕はこの人とお友達ではないから言わないが、そういう世界で生きている限り、変な人を引き寄せるよと思う。他人を自己都合で捉えている限り、相手も当人を自己都合で捉える。

ただ、家事とか育児(したことないけど)の細かい話は通じた。

ここは都合の話ではく、生活の話。調子によって生活上必要なことが変動する人って生活に向いてない。僕も生活に向いてない人だと自覚しているが、自覚しているからこそ、調子と生活を連動させていない。

向いてないからだからこその認識だと思うが、いつもやれないんだったら、もうそれはやっていないのと同じことになる。だって、予測が立たないもの。気分で家事量が変わって、手を出したことが業績になるって、当人の自己都合でしかない。主観の都合どこ行った。

という話が通じたという話。

だからといって、ワンナイトラブは無いけども。なにせ世界が我がまま過ぎる。生活を維持するんじゃなくて、自分にとって都合の良い世界を理想としているもんで。

理想とする世界、僕には無縁。

もう1つ書きたい話。

てんちょーから、メモ書きが置かれたこと。

あんまり意味がわからなくて放置した。

その後、このメモ書きについて問答があり、「それくらい読み取れよ」という発言があった。

自分の文章が相手に伝わるべきという感覚って、正直良く分からない。

僕は文章いっぱい読んで来ているし、なんなら今でも読み続けているけど、このメモ書きが何を表現しているのかは情報不足で無理だった。

ここで面白いのが、自分の表現が、「相手に伝わるべき」という感覚。

僕は別に自分が相手にどれだけ伝わるなんて、相手の許容量だと思っているから、全部が伝わると思えない。

でも、てんちょーは、あのメモ書きで僕が動けると思っていたみたい。

そこまで貴方の表現知らないんですが。

言葉が伝わるというのも、割と幼児性の話なのかもしれない。

ここまで。

割と最近詰め詰めなもんで、文字数いっぱい書ける時間が無い。

おやすみなさい。

良い夢を。

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