境界線

23:02から。

お仕事。

しんどいところもあるのだが、しんどい原因がわかったので、なんだかバリアが張られている感じ。バリアというか境界線というか。

今更分かりきったことだが、頭で分かることと、腑に落ちることにはラグある。

僕は割と店舗を回したい派なのだが、うちの上層部は店舗を回すところまで頭が回らないというか、あくまで自分の仕事が優先なんだなって。だから、店舗を回す仕事に関しては、頭が回らないというか、優先順位が滅茶苦茶低い。

ここに苦を感じていたのは、僕が逆の立場だったら、上層部として店舗を回すようにコントロールするけどなっていうところ。上層部のお二人にその能力が無いとは思わないかった。

でも、こういうのは能力じゃなくて意識とか人格の問題だから、他人にキャパを割けない人は、一生その基準の中で生きるしかないし、その世界観にお付き合いできないなって。

能力的にはできそうだから、厳密な語彙ではないけれど「期待」してしまった。

このお仕事での僕の諸々の失敗の根源は、上層部の人格を見誤っていたことにあるなって内省する。

クレーム件数が多いけど大丈夫かって本社から指摘が入ったこともあるのだが、僕が店舗を回すために時間をかけ過ぎたというか、余計なことに注意が向いちゃったからなんだろうなって。今から思うと、落ち着いていたら、処理できたと思う。

なんなら、アドバイスを乞うても、特に成果が無い。

むしろ僕が上層部にアドバイスを乞われて返している。笑

僕がちゃらんぽらんだと評してくるのに、字引的な知識は聞いてくるという。

別に上層部が悪者かどうかの話はしていない。

凄くサイコパスな表現だけど、これは「人間関係」では無くて「環境」なのだろうなと諦めたら、境界線が引けて、人間関係としてのしんどさはクリアになった。

別に僕はお仕事上、良い人と見られたいから色々請け負う訳ではなく、仕事が回るからそういう役回りをしているだけ。

プライベートだともっと凄いけど。笑

「生活」を回すことに結構あくせくしている。

「仕事」の定義が変われば上層部を「道具」と捉えてやるのもアリだよなぁって。

僕の「人間」の水準に至っていない人は、もはや一緒に人生劇場を楽しむ対象ではなくて、「舞台装置」でしかない。

この考え方はヤバイのを自覚しているけども、僕の人格はそれほど相手を傷つけないはずなので、大丈夫。仲良くなったら毒を吐くこともあるけど、他人を下げて自分の立ち位置を守るみたいな人格は必要なくなったから、僕の発言が毒だと感じる人は、自分の中にまだ解消していない課題があるだけだと思う。

この「舞台装置」説は、社会的な立ち位置として自分の劇場とはあんまり連動していない。

社会的なところでできないって言われたらだいたい正しいし、それとは別のところ。この店舗の上層部が、上層部としての器が無いだけだから、ちょっと境界線が曖昧になっている。

発言が、できるようになって欲しいっていう成長寄りでは無く、自分達の仕事に不具合起こすなよという感じだから。すんげぇ昔の我が母親によく似ている。感情によって人格とか振る舞いが変わるところ。

もう1回こういう場面がやってきたということは、再履修なんだろうなって。

何も知らない1回目は従うしか無かったけども、2回目だもんで、従ったところで良いことが無いのは経験済み。こういう人は、相手のことを何とも思えない。だって、自分の劇場でいっぱいいっぱいだから。

つまり、こんなに余裕が無い人とは、共依存になれない限り、あんまり関わってはいけない。

僕は共依存の世界観は履修済み。呪詛が凄すぎて、まぁ大変。

安心が無い。安心の極致は、パートナーが離れていっても大丈夫な自分だから、これもサイコパスなのかもしれない。

ここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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