若作り

23:37から。

前の生活圏だと、移動手段が徒歩、自転車、電車くらいだった。

今は、それに加えて車(社用車)がある。車は細かく遠くまで動けるけども、あんまり景色が見られない。

前の生活圏で大事にしていた景色。ピンクの絨毯。

今、紫の絨毯を見つけた。通り過ぎるだけだから、カタチも名前も定かではないけれど、綺麗だと思った。

お仕事。

境界線を意識していると、不思議とそんなに疲れない。

悪い言い方だけど、もうこの世界に付き合わなくても良いというか、なんなら「見捨てる」のも任意なんだろうなと。

上層部は「楽」がしたいから、安心・安全傾向で仕事している。

経年女子の方が酷くて、なるべく自分の仕事を減らしたいというのが最優先。余力があるときだけ、他人の仕事を減らす。

僕も、自分の「余力」を問題としてきたけど、ちゃんと突き抜けるというか、自分を使い切った方が世界から返ってくることに気付いた。ただ、微妙に難しいのが、僕の恩恵に与るだけの層が居て、ここに対しては素朴では居られないから、変な話、僕が使い切られることが無い。

僕が使い切られているのは、僕が相手の鏡になっているのではなく、相手が僕の鏡になっている状態。僕は変化に旺盛だし、自分の今の価値観が、1年後そのままな訳が無いと思っている。

閑話休題。

どうでもいいけれど、INFJの型は若く見られるらしい。

興味を持たれて実年齢を聞かれて答えたらびっくりされる。これはアンチエイジングでエステしたり健康食だったりではなくて、変化に対して特にブロックが無いからなのだろうなと。若い人は固まっていないから意識しなくても常に変化できるけども、経年してくると既存の価値観に安心して、そうはいかない。変化したら、今まで培ってきた価値観が無為になると思い込んでしまう。

てんちょーは、実は結構まともというか、鏡が僕優位になっているときがある。

凝り固まっているけれど、その価値観の外に僕が居るもんで、会話する時は自分優位で駄目だけど、僕を観測しているのはなんだか楽しそう。

「メジャーな商材で売上を上げている硯さんは気に食わない、もっとマイナーな(誰も決められらない)ところで単価高い仕事をしないと」という発言。たしかに、なんだか小さくまとまっていたなという気分。この小さくまとまらないといけない感じは、上層部醸しだした空気だから自業自得なのだが、僕もなんだかむずむずしていた。

やっぱりお客様も馬鹿ではないから、どういう風に顧客を観ているのかは見えていると思う。メジャーな領域は1人1人を観れないから価格競争になっちゃう。ここで印象付けないとっててんちょーは言うのだが、てんちょーも知っているとおり、僕の活動領域は、アウトロー層にあるもんで。

お金って絶対的な価値があるものではなく、相対的に循環している。

使い切った方が、返ってくるのだろうなと僕は認識している。まだ返ってきていないけれど、あんまり気にしていない。

この僕の鏡にお客様がなれば、もっと僕のお仕事も変わりそう。

あぁ、てんちょーは既に「見捨てている人」。

ただ、見捨てた人でも仕事している限りは付き合わないといけないから、もっと僕の鏡にする感じ。もう残業に付き合う必要は無い。

僕は結構あくどい人物ですから。笑

そうこうして最後。

最近考えていること。

スピリチュアル界隈で、人生劇場は産まれる前に自分が設定した課題だという説について。

この考え方、割と害が無くて好きだなと。

人格とか、人生劇場がややこしい人達と関係することを設定されたと思わないと、これだけ変な人と縁があることはあり得ないなって。

僕は変な人だし、自傷界隈の人達と関わったことはあるのだが、そんなに移入しなかった。

体を傷つけて、自分の存在を保たないといけない精神性にまでは至らなかった。縁があったもんで、そういう層に偏見もない。ただ、痛々しいなって思うだけ。むしろ、尊重対象でもある。そうやってちゃんと生き延びられて良かった、みたいな。

個人的には、肉体の痛さで自分のことを認証できるのはまだマシな方だと思うけど。

へいへい闇っぽい。

まぁ、ギリギリ前科が無いところでなんとか生き延びて、今は割と平和。

僕の本質は、人を助けたいでもないような気がする。

ちゃんと僕の劇場の中で一緒に変化してくれる人を求む、という感じなんだろうか。

僕によって変化する人はそんなに求めていないような。

ここ、なんだろうな。

感触であって言語化できないところだから、あんまり文字通りに読まなくて良い。

ここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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