宵の合間に

22:34から。

繁忙期最終日、全員出勤。

居心地が悪いもんで、雨の中、別の用事に車を駆り出す。

BGMで流しているラジオから、ミスターチルドレンが聞こえてくる。

Tomorrow never knows から始まり、HEROやら、Signやら僕が音楽を聴いていた全盛期の曲。個人的にミスチルで一番好きな曲はファスナーなのだが、曲を知っている人に言うと「むっつり」と言われがち。

たしかに、「隠れているものを暴きたい」という欲求を恋愛対象に向ければ、なんとなくドスケベ感はあるから、別に何を言われても気にしない。

個人的にはあの曲は、どれだけ暴こうとしたところで自他の本質には届かないという表現なのではという気がしている。暴き暴かれが人間関係だけど、それでも結局のところは混じり合うところまではいかない。

角煮が冷えた。

美味しいのになぁ。

お仕事。

てんちょーすらまったり気分。

それでも居心地が悪いのは、茶番劇場感が凄いから。

例えば、社内アプリで感謝を伝え合うというのがあるのだが、そんなの公開する必要無くないかって思う。あくまで瞬間のポーズでしか無いような。言葉での100文字くらいの表現なんて、なんとでもなる。

そうやって繋がる関係も分かるのだが、そこに参加して自分を守るような意識が無くなってしまった。あぁはぐれ者。

経年女子にちゃんと送れよってやたらと言われたが、通常業務って感謝の対象にはできないと思う。僕にとって業務以上の人間としての付加価値があれば、言葉は無くても感謝しているし、それは行動で伝わっているはず。

ただ、権限やらなんやら分業の世界だから、感謝を行動で示そうとしても難しい。

逆から言えば、人間味が無くても人間風に振る舞えるということになる。

気遣いしている風で、単に自分の席を守ろうとしている言葉はなんとなく分かってきた。

上層部は分業に慣れ過ぎて、当人自身のことも分断的に解釈しているような感じ。だから、人のことも分断的に捉える。

そりゃあ、これだけ店舗に貢献している僕のことも使い捨てみたいに扱う訳だ。

まぁ、あんまりこの辺りどうでも良くなって来ている。

ここで、YouTubeで流している動画知識。

最終的に人の感情で「愛」が残るみたいなロマンティックな話。

僕は浪漫の方が好きだから、こういう世界観の方が良い。

とは別に、「人の原動力」という話が面白くて。

「欠乏エンジン」で動いている人は一生充たされないとのこと。

曰く、「足りない」を原動力すると次々と目標ができて、尽きることが無い、みたいな。

たしかに、僕の歴史を振り返ると、欠乏エンジンの人が回りに多すぎて、それに合わせようとして疲弊していた。誰かに認めらるとかどうでもいいじゃんって楽になったのが、酔っぱらって溝に落ちて世界線を移動した時。

僕は少なくとも、日々を欠乏エンジンで動いていない。

自家発電というか、好奇心エンジンというか、自分が世界に認めらないからみたいなことはどうでも良くなっている。

原動力はどうでも良い、いやどうでも良くない。

僕は歴史上、いつも口下手だと言われてきた。

たしかに、自分が認められたいがために話すとか、自分のことを分かって欲しいという方向では話させないから、層によっては僕が口数少ないと認定する。

人と話す仕事して分かってきたけど、僕、別に人と話すことができないことは無い。

自分を中心にした話題が苦手なだけで、普通に人と話している。

欠乏エンジンの世界の人とあんまり話せないだけ。

だって、自分の話しかできない人とは会話が成り立たないもんで。

なるほど、僕がお父様と話して楽しい意味も分かる。

お父様欠乏エンジンでじゃなくて、自家発電エンジンの人だから、人を見下す暇が無い。

自己主張が無いことによって、自分が際立つのも、なんか変。

でも、そんな人も存在するということでおしまい。

おやすみなさい。

良い夢を。

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