具体で生きている人には気を遣う

22:29から。

昨日は諸々で休まらなかったため、日記時間が無かった。

休みの日にもお仕事の頭にしないといけなかった。

厳密には、てんちょーのフィルターを通せるような言語脳に落とさないといけないという感じ。

人事評価で自分の仕事振りを言語化しないといけないというタスクがあり、てんちょーが僕のこのタスク時間を減らすもんで持ち帰って僕の素朴な言語脳で書いたら、やり直しになった。

「もっと具体的に書いて下さい」と。

満月さんもお休みで、某イオンモールでさわやかハンバーグを食べているから、再提出する時間が無い。

遊びながら、「具体的」という言葉を調べながら、なんとかやりおおせた。

「具体的」とは、抽象的・一般的ではなく、内容や条件・数値・手順などがはっきり示されていて、そのまま実行やイメージに結びつけられる状態を指します。説明や文章では「誰が・いつ・どこで・何を・どのくらい・どうするか」を示すと具体的になり、聞き手が同じイメージを持ちやすくなります。(skdesu.com)

AIの回答なのだが、流石にAIに著作権はないよな。

僕は別にもう、具体的な世界であんまり生きていないというか、具体的な世界をあんまり言語として意識していないもんで、なかなか次元を下げるのが大変だった。

次元を下げると書くとディスっている風だが、そうじゃなくて、変数を意識ではなくて、時間と空間に調律するのが、「具体的」の意味合いだと思った。

ヤフーのAIさんが言うところの「そのまま実行やイメージに結びつけられる状態」というは、正直、ほんとうに存在しているとは思えない。

これが存在していると想えるのは、吉本隆明さんが言うところの「共通幻想」だったり、ユングさんが言うところの「集合的無意識」という次元の固定があるから。

予測って三次元世界の話ではないと思う。

だって、いや、こんな細かく話して良いのかどうか。

こういう属性人は、あぁいう行動をしがちという命題があったとして、それが正しかったとしても、なんというか、なんの学習にもならず、これを観測した人の固定観念が強くなるだけ。このねじ曲がった世界観が、具体的な世界だとすれば、僕はそんなに具体的に生きることを求めない。

ここが僕の言語脳で言うところの「具体化」。

もちろん、本日の出来事の「詳細」という意味の具体的言語化は可能。

例えば、本日、満月さんから「ボイルエビが入った冷たいうどん」というリクエストがあった。

冷たいうどんって、うどんを茹でて冷やして、めんつゆぶっかけたらすぐできるけど、それではつまらない。出汁パックで出汁を取り、それを冷やしつつ、冷凍ボイルエビを茹でて冷やし、ついでに好物のワカメを加え、うどんにはネギを加えて食べてもらいたいなということで九条ネギパックも加えた。

感想を聞いたら「味が薄い」ということだが、これも狙いで、ただ美味しく感じるだけの濃い味のご飯、僕は作らない。満月さんの栄養調整の為。

こういうのが「具体化」だと思うが、人って、自分の為にしか具体化できないのもちょっと分かる。

僕の文脈だと、上層部、全然「具体的な人間」とは思わない。

なんでこういう人達が、他者に対して「具体的」を求めるのかということを考えた出勤道中。

動物には「利他的行動」も含まれるというのは生物学的にも、行動経済学的にもあると思うんだが、ここでいう「利他」って、動物で言えば種のためだし、人間で言えば、個であることもあり、種であることもある。

例えば、今、すんげぇ交通規制が厳しくなっているけど、僕は運転中、歩行者とか入ろうとしている車に道を譲ることに何の葛藤も起こらない。だって、この道は僕だけのために整備されたものではないから。

変な人は変な人だなと思うけど、その感情が居残ることもない。

こういう感覚が人間の種における利他だと思う。

それをしたことによって別に何も返ってこないけど、それができるよっていう余裕。

個における利他はもう少し複雑。

自分が努力しているから、世界から返って来るべきというルートも結構利他だと思う。

こんなこと誰も言わないし、世界の主流ではまだないに違いない。

そう、てんちょーが定義する「具体化」って、努力をする過程になっている。

色々言われるのだが、結局はここ。自分は努力をすることを辞めたのに、他者に理想を追い求めて、世界がすんげぇ歪なんだよな。

いつまでも「俺の時代は」で生きている。

別に過去に固執しながら一生過ごすのは良いけれど、それで店舗運営を滞らせるのは全然いただけない。

練習しなさいって言うのに、自分は練習しなくて良いと認識している。

僕はこういう、世界に落ち度があるみたいな自己投影をしている人はほんと合わない。

話ができないもんで。

正直不動産という漫画があるのだが、ここの凝り固まった営業マンの描写と近い。

イマドキ、嘘は調べればバレる。説明不足もバレる。

最終的にはてんちょーが言うところの「人間関係」なのだが、僕の方がこの構築上手く無いかって思ったり。

他者がやたらと気になるのは、自分に嘘を付いて生きて居るからという説。

僕、誰かと生きないといけないという感覚も無いし、相対的に年収が低いことも全然気にならない。

こんな感覚で良く生き残って居るなと想う。

僕が自分の人生で誇るべきは、どの時系列でも誰かを蔑ろにして自分を確保するということをしなかったこと。いや、1人申し訳ないことをした人は居るが、トータル水平だと思う。

この人、僕のことを忘れて楽しく生きていればいいな。

ここまで。

おやすみなさい。

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