人生に集中するほどお腹が空かない


14:00から。

昼が夜。

本日は誕生日。

満月さんの仕事が入ったため、10時過ぎから18時前まで1人時間。

満月さんは出かければと提案してくれたが、別にでかけて暖を取る感じでもないなと、まずは、お風呂を追い炊きして、ビールを飲みながら読書をする。

「営業は内部情報の書き換え=洗脳だ」という本とか、続編を期待していたら、現実化していた漫画とか、全然1人で本を読んでいるだけで暖を取れる。オトナになるということは、1人でも楽しめるということだと思う。知らんけど。

1リットル飲んで、ほろ酔いになってお風呂から出る(よい子はお風呂飲酒読書を真似しないように)。ちょっと活動的になってきた。

部屋の水回りが気になる。ほんとはもっと気になるところがあるのが、これは部屋の中だけで完結しないので、軽トラでもレンタルしてこないと無理。飲酒運転はする気が無いし。

という感じで、家に残っていた洗濯物を一掃し、トイレを磨き、シンクの片付けをした。

お掃除、実はちょっと楽しんでる。義務としてはやらないし、やりたくも無いのだが、滞っている項目を循環させるという視点で捉えれば、うたまろスプレーめっちゃ油汚れ落としてくれるなーって観測できるし、綺麗になるってきちんと循環できているということだから、気持ちが良い。

どうでも良い話でもないのだが、アルコールに対する偏見。

酔っぱらうと本性が出ると言うけど、ここで言う「本性」ってなんだろう。

抑圧された「エゴ」というのはちょっと分かる。僕も20代の時の飲みたくもない人達と定期的に飲み会が開催されているのがしどかったもんで、酔いに対話を任せていた。

酔ったら良く話すじゃんなんてことを言われていたが、こんなの振りでしかない。

酔っぱらいという「仮面(ペルソナ)」に逃げるやり方。今からすれば、当時のお酒は全然美味しくなかった。

記憶飛ばす時点で美味しくは飲んでないと思う

でもある程度飲める人って、ここに気付かない。僕も気付かなった。

この記憶を飛ばす酔っぱらいってちょっと笑われ者になるけれど、僕としては素面の人だって全部覚えている訳でもないから、どっこいどっこいだと思っている。酔っぱらいで強制的に意識が途切れているか、意識が繋がっていると思い込みながら覚えきれていないかの違いであって、どんな人でも普通に自分を忘れているから、酔っぱらってスマホを何処かに置き忘れたことを馬鹿にする資格は無いような気がする。

僕の定義だと、「酔っぱらうと本性が出る」のはたしかだが、ビールを飲みながら読書をする人とか、部屋の片付けをする人は見たことが無いから、定型的な酔っぱらいではなく、オリジナルっぽい。

キッチンドランカーとか、酔いどれながら小説を書く人は聞いたことがあるような。

定型的な酔っぱらいの型が当たり前だと思っていた時期は、酔うと人との繋がりが恋しくなるみたいな定型文みたいな行動をしていたものだが、今は、オリジナルなもんで、どれだけ酔っても、お酒が美味しいだけ。ついでに、言葉が流れ出すということもあるのだが、別に、誰にでも垂れ流せるようなものでもない。

ちょっと語弊があるかもしれないけども、外から知識を吸収しなくなった人って、自分の人生と他人の人生が具体的に時系列で繋がっていると捉えてしまう。年齢が上の人が下に人生訓を流す義務があるみたいな。

自分の人生も、他人の人生も1つの世界、みたいな。

この人生観のメリットは、経年しているだけで先輩になれるということ。

僕、学校時代の先輩めっちゃ嫌いだったので、この世界観のままで未だに生きている人には語彙が著しく減る。だって、下からの話吸収する気が無いから。

お話しにならないから、お話しに合わすしかない。

もちろん、経年が多い人って経験豊富だから、聞ける話はいっぱいある。ただ、僕の話を聞く気が無い人に話すことはあんまりないなぁってだけ。

閑話休題。

まだ1時間でこの文字数(1600弱)、職場のコメント考える方が大変。

ところで、INFJという精神気質の人が、経年するほど若返るという動画を観て、だいたいそうだなと思った話。

僕はもう、世が世なら貫禄付いて役職もあるような世代なのだが、貫禄が全然付かない。

その分若く見えてびっくりされて、ちゃんと時系列で生きてなくてごめんなさいという気分になる。

この動画の中で、INFJは、若い頃には老人に見えるという話があって、たしかにそんなエピソードあったなって。

知識なんて無関係。僕は当時(中学生の頃)、読書傾向も無く、テレビと教科書くらいしか読む物が無かったのだが、なにか変に達観していると言われた。今の知識量でタイムリープしてもあんまり発言は変わらないような。今から帰ったらもっとモテるかもしれない(黙れ)。

で、INFJは経年すると考え方が若くなるとかなんとか。

たしかに、人の考え方って、全然オリジナルなところがない。完全にオリジナルだったら誰にも通じないから、通じる水準でズレるというのが、価値観の更新。

僕が若返っているのは、僕と関係してきた人達が「しんどい」としていたことを、当たり前としてオリジナル化していること。

勉強って、何か知識を努力して満腹なのに食べていく感じだが、ちゃんと消化していけばどれだけでも食べられる。情報はどれだけ食べても満腹にはならない。

家事がしんどいというのも、割と変な話。

僕は母親から承継でそう思っていた。なにせ母親がそうやって家事をしていたから。

母親が、子育て失敗したという言は、あくまで母親という役割を義務的にこなしていたからだと思う。なんか不憫だなと思うのだが、この人が言う時系列の、ほんとうはこうしたかったっていう分岐は、きっとできなかったと思う。

自分でいっぱいいっぱいの人は、他人の機微を捉えられない。

ここまで。

まだまだこれから。

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