感じのよしあし

22:20から。

満月さんのお迎えで、昨日は日記時間が無かった。

いや、これは不満という意味では無い、念のため。吹けば飛ぶような自分時間だから、有事には無くなる。だからこそ守らないとこの時間は在らないのだろうなとも思うけども。

ともあれ、満月さんの旦那評を聞いた同僚の人は、僕のことを「癖が強い」と評価したらしい。

たしかに、休みの日に「そーめん」を呪いのように連呼する人物だし、人間としてズレて居るのは自覚している。

ただ、満月さんが、僕がやっている「日常の維持」の話までしているかは知らない。

フル残業でも普通に2人分のご飯を準備できる人物は、癖強でしかにないから、きっと話しているはず。

まぁ、この同僚さんの「癖が強い」という評価はそのまま正しいから、甘んじて受け入れる。

ちょっと、ここから面白いのが、この「癖の強さ」と、僕がてんちょーから良く言われる、「どら感じ悪いじゃん」という評価が同一の延長線上なのではないかという発想。

てんちょーは、僕からすれば「どら感じが悪い人」。

言語上では良いこと言うけど、上辺だけの人間であって、中身を掘り出したら利己的な部分が大半を占めている。

でも、現実を観測すると、だいたいがそういう人だから、礼儀とか上辺って、僕が観測する「感じが悪い人」の礼儀なんだろうなって。

感じが悪い人が、僕のことを感じが悪いと評するのは、僕が、この人達がせっせと繕ってきた上辺の衣を平気で裸にしているから、とても気になるんだろうなと。

この裸の僕が何故人に好かれるかワカラナイのが「感じが悪い人」。

これ、別に便宜的な切り分けなだけで、感じが悪い人の中にも好きな人が居る。

例えば、満月さんのお父様。すんげぇ外面が厳格ぽいのだが、礼儀知らずの僕に割と緩い。

たぶん割と「感じが悪い人」と認識されがちな人だと思われるのだが、僕はスキ。

特に話し合ったことも無いのだが、個人的に感じが良い。

「感じの良さ」って、「感じが悪い人」にとっては道しるべだと思う。

「利己」が水準の人にとっては「利他的な振る舞い」は自分を守ることになる。

僕としては、どれだけ繕っていても利己が人生劇場の主目的な人は。「利他的な振る舞い」になんというか、嘘を感じる。

あくまで自分の為に他人に振る舞うんだろうなって。

僕は癖が強いから、人生劇場上の余裕を他人に振る舞っている。

これは、自分が勝手にしているだけで、別に誰かから対価が返ってくると思っていない。

ちゃんと返そうと想える人は「人間」だけど、ここで「人間」な人は、だいぶ世間から「感じ悪い人」だと認識されているに違いない。

利己じゃない自己の世界で生きて居る人は、だいたい生活圏で「外の人」と認定される。

僕はこの内側の「外面の良さ」をやる気が無くなった。だから、礼儀知らずの「感じが悪い人でも良いし」、相手に対して礼儀はどうでも良い。

あくまで、どれだけ「人間か」という話。

僕の人間関係観だと、パートナーに不機嫌をまき散らして良いと認識できる人生劇場観は、まだまだおこちゃな気がする。

なんで自分が怒らないといけないかって、あくまで当人の世界の話。

それを相手に投げて良いというのは「感じが悪い」世界では当たり前かもしれないが、僕の癖強世界だと、普通はやらないし、やってしまったら相手に謝る案件。

どんなに気分が悪くても、相手にそれを投げつけて良いんだったら、その相手は誰でも良いような気がする。

僕は基本的にあんまり世界に怒らない。

あんまり世界におなだりしていないというか、この時間と空間で無いといけないみたいなことを世界に求めていないもんで。

ここまで。

お休みさせていただきます。

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