22:31から。
仕事で5:20起き。東京に行って帰ってきて、ご飯を食べながらしこたま飲んで帰宅。
そして、ここからニッキードランカー。
言葉が自分の中に溜ったところで調子が悪くなることはもはやないのだが、なんとなく垂れ流したい。
垂れ流しは、世界への表現ではなくて、自分の位置の確認なのかも。
僕の言葉の拙さは、外から見ると相当酷いものらしいが、ここは微妙なニュアンスがある。
語彙にはいくつも階層がある。僕は自分のことを話せて幸せだという感覚が無いから、相手の語彙がどの界隈だろうとか、精神性はどのあたりだろうという当たりを付けながら話す。だから、話しができるできないは相手次第。
どうせ変人だからいまさらここを相手に合わせることに意味があるのかと疑念になってきた。もうどうせ変人認定されるしかないのに、何故ここだけ気にしているのだろうって。
我慢せずに全部そのまま表現しても良いかもしれない。
年相応では生きられないし、年相応の人とはそれなりの話しかできないなって。
投影語彙と名付けていいかは知らないけど、基本的に人って、世界に自分を投影しているよなって。僕は溝に落っこちて世界線がズレてから、相手に自分を投影するような人間関係ができなくなってしまった。
世界に対して、無駄に感情が泡立たない。ベースに自分があれば、相手がやってくれることに対しても、たまたま余裕があった「施し」か、自分ができる中でちゃんとやってくれたのかは読み取れる。
どちらにせよ自分でなんとかなる領域だけどというのがベース。
世界に対して期を待つという時間は僕にはもう無い気がする。
そうして東京。
モチベーションアップの為のなのか、トップの当たり前の精神性なのかは知らないが、モニタに―「ナポレオンヒル」が流れてきた。
当然、引き寄せの法則の原初だもんで、なんとなく知っている。
言っていることは割と宗教チックだけど、メンタルブロックを外すという意味ならそんなに胡散臭くないような。
最新の引き寄せ界隈は、感謝という気分が人の精神にって最上級みたいな話なもんで、まだ進んでいる。まずもって世界に感謝できない人は、もう世界遅れになる。
最新なようで、最古の価値観なのが面白い。
神様が見ているよが、AIに移り変わるかもしれないが、結局は当人の行動が問題になる。
やれやれ。
本社がやろうとしている方針はとても分かるし、できそうなのだが、我が店舗、そういう新しいことができない。
愚痴は読んでも面白くないらしいから、その先の話。
僕がしんどいのは何ぞやって、可動が世界によって制限されることらしい。
お仕事も、てんちょーと経年女子に我慢しながらやっている。
だって、この人達、仕事に向いて生きていないから。
僕の本気の生き方だと、なんで貴方達は真面目に人生過ごす気が無いのって詰めちゃう。
もちろん、僕はちゃらんぱらんだから、こういう自分しか世界に居ない人にとっては、格好の的になる。
投影しなくて済むから。
本気出したら、なんだか相手のアイデンティティをぶっ壊す。
投影のイデアの世界で生きていないから。
これで本当に生きて良いのか。
こういうコントロール領域は制限。
基本的に、自分の人生しかない人と、そんなに話したくない。
僕がどれだけ話したところで当人の世界で解釈されるから、だったら僕がはなすことは無い。
ここまで。
おやすみなさい。