いろいろと辞めないといけないこと

22:57から。

認識が更新されると、世界の見え方が変わる。

このニュアンス、この時間から書ける気がしないのだが、なんとか書いてみる。

世の中には、何かを話す時に、自分が語り部にならないと語れない人がほとんど。

僕は、関係性上だと語り部を譲る傾向にある。

だって、関係の中で自分が守る場所が無い。

この感じで捉えたとき、なんでいちいちその世界に付き合ってあげているんだろうなって想う。いつまでも主人公な人の話はとにかく面白くない。

この人達の傾向は、なにせ動いていない。

自分が動かないから、他人が動いてくれたら嬉しいとなる。

僕、精神は老人だけど、近しい人を手足として扱うのは相手の尊厳を破壊している振る舞いだと思うから、もうできなくなった。甘えるのは行動じゃなくて心の領域。

僕、怠惰な人に観測されなかったら、もっと動くんだよな。

努力はできないけど、興味がある方向では普通に継続できる。

他者から観測されて、やって居ないと言われたら興味がある方向でも動かなくなる。

こうなると、お前の方がやっていないだろうという論理が働くもんで。

もちろん、相手がちゃんとやる人だったら誠実に答えるけど、そもそも当人の中で不誠実な人と、あんまり語れることが無いんだよな。

僕は、自分とは仲良しだから、1人のときに、自分と自己が乖離することは無い。

この感じが誰にでも主張できると思えるのが自我強めな人だが、僕は別に他人との関係の中でも自分がそのままで捉えられることを求めていない。

だって、無理だから。

僕の話をほんとの意味で聞けるのは、当人の自我の柵から卒業できた人だけ。

僕がいちいちことで書いていることは、別にそれが世界の全てであるということではなくて、単なる景色の描写でしかない。

ただ、景色って、自分の世界に影響をもたらすもの。

主人公世界の人は、ただ、そう見えたっていう感想になるだけかもしれないが、僕はそうじゃない。身動きも変わるし、世界の認識も変わる。

もうそろ、あんまり頭悪いっぽい振る舞いも辞めとこうかなと思ってきた。

もちろん、人間として緩いし、てきとーなのは確か。

ただ、ほんとうは、滅茶苦茶鋭いし、人のことをきちんと見るということをちゃんと世界にするくらいの器はできてきたんもではという感じ。

これ、正直、公私で大変。

ほとんどの人が自分が主人公だもんで、人生が大変過ぎて、僕のこの裏話を聞く余裕が無いし、僕の本音を聞いても身動き取れないと思う。

これ、僕がこの世界において主人公ではないという意識だからやっているだけ。

誰かに好かれたいから、こういう人格になった訳でもなく、勝手に好かれる。

独り時間が必要なのは、こういう意味。

僕は独り時間でも優しいもんで、誰かが僕にとって都合が良い存在であることは求めない。

相手は相手で自分の世界を生きているのが当たり前。

相性でしかない。

ここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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