22:56から。
なるほど、人生劇場は修行場。
ただ、ちょっと傾向が変わって、「辛い出来事」というよりは、「対処を試される新しいこと」が増えて来ている。
たしかに、僕は新しいことを面白がる傾向がある。
おそらく傾向は人それぞれだから、安定したい人も居るだろうし、普通になりたい人も居るだろうし、安心したい人も居るだろうし。
新しいことには不安がセットだから、反応に地が出る。
僕が新しいことに面白がるのは、それを経ることによって自分が更新されるから。
成長というよりは、自分に戻っている感覚だから面白い。
イレギュラーが起こった時に地が出る。
お仕事場、キャパオーバーになったスタッフが多くて、すんげぇぴりぴりしていた。
僕は、職場で不機嫌を出さない人なので、職場で平気で不機嫌を出せる人を申し訳ないけど、ちょっぴりAIみたいに観測している。
自分のプログラムの方が、仕事より優先されるんだなという意味合い。
怒ったとしても、次の瞬間にはしれっと通常営業の気分に戻っている人って、ほんとうに人間なのか。
僕の感情におけるほんとの怒りは、もう終わりだから、怒りによって人をコントロールするという観念がないもんで。
本日、てんちょーに仕事振りで色々と言われ、経年女子に怒られた。
もはやどうでも良い雑音にしか聞こえない。
だって、僕はこの人達の経年の経験則とか、この人達が生きている旧来の仕事観では生きていないから、老害としか認識していない。
単なるうるせぇじゃなくて、仕事をしようとするときに、阻害になっているという意味合い。
僕はこの人達が統制しようとしている場よりも、もっと動けるようになっているのに、この人達が安定しようとしている場によって制限がかかっているという意味合い
経年女子の自分ルールがほんとしんどい。
本日怒られた事務作業、別に誰がやっても良いのに、何故かスタッフを通そうとする。
てんちょーも、店長業してくれないから、二重に面倒臭い。
一瞬怒り返そうかと思った。
僕、怒って来る人には怒り返すくらいの人間強度はできてきたもんで。
こいつら、雑談する前にちゃんと仕事しろよという、仕事上の憤りがある。
なんでサボってんの?
ただ、僕がこの怒りを解放したところで、この職場、いい方向にはならない。
自分がそのままで良いと思っている安定のところを指摘したところで、あんまり意味が無い。
当人、人生をサボっているという自覚が無いもんで、そこを指摘しても、意味が無い。
僕が上層部の上の立場になったらこいつらのサボりを道具として改善するのだが、そんな世界線は無いような気がする。面白くないもんで。
仕事上、というか人生上、僕に負荷がかかるのは仕方ない。
僕に余力がありすぎるもんで、皆、甘えたがる。
この人生劇場の中で、僕を甘えさせてくれる人が良いのかもしれない。
気持ちとかお金では無く、行動で。
ここまで。
おやすみなさい。
良い夢を。