天気の人は終わっている

22:30から。

布目さんのリクエストの「海鮮サラダうどん」の準備はできている。

スーパーに寄ったときにたまたま目に入った「しいたけウインナー」が美味しそうだったもんで、ベビーリーフサラダの上に乗っけた。

もう1品。
ここのところ、ちょっとチキンステーキに凝っている。

どうやったらもっと美味しくなるだろうなって、探究脳。

本日は、ソースに悪くなりつつあるミニトマトとかお酢と入れて、酸味を付けてみた。

僕の舌だととても美味しいのだが。布目さんの舌だと分からない。

僕は料理人では無いので、誰がいつ食べても美味しい料理という真理を研究する道には入り込んでいない。

さておき。

YouTubeで垂れ流している、ちょっこり啓発系の動画。

賢い人がどういう風に人を捉えるかみたいなやつ。賢いかどうかはともかく、たしかにそうだと思った。

人を「天気」で見るか、「気候」で見るか。

これ、凄く面白いと思った。

僕もおそらく、こういう風に人を捉えている。

もうちょっと細かく書くと、「天気」で人を捉えると、良い時も悪い時もある。

この上下によって細かく人を捉えることになる。
変な話、自分ことも「天気」として捉えている人は多いような気がする。

自分が「晴れている」ときを自分として、「雨」とか「曇り」の自分を悪者にするとか。
別に良いんだけど、その天気がぐずついているときには、周りの人に悪い自分を投げている。

これがお互い様ならそれで良いと思う。

僕は、この天気関係にはあんまりもう付き合えないなと思ってきた。

「天候」だとどうなるかというと、もっと個人の最低限の話になる。

温帯とか熱帯とか寒帯とかといったような、天気に左右されない、価値観。

価値観というと物の見方みたいな話になるけど僕がここで書きたいのは、最低限の行動。

どんなにしんどくても最低限に自分がどう動くかというのが、当人の本性であり、「天候」。

もうちょっと言うと、自分が上の立場になったとき、どういう振る舞いをするか。
自分がお客様になったら高圧的になっちゃう人は、天候的な意味合いで、僕が関係できる人では無い。だって、もう天候がタイフーンだから。

これを踏まえて、本日のお仕事。

我が店舗のスタッフ達、もう長いから、天候として把握している。

そうして、天候が終わっている。

最低限が終わっている人だなと、観測したら、僕への扱いが不遇なのはともかく、なんだかちょっと同情してしまった。

てんちょーと経年女子の共通本性。

「誰か、悪者を創出しないといけない」

この物語だと、当人が更新されるストーリーが無い。
僕は反発するほど自分が貧しくないから、こういう人達に悪者にされるのだが、言い方が、ほんと、「誰とも仲良くなれない人」だなって。

まずもって、こいつら(てんちょーと経年女子)、仕事を私物化しているのが駄目。

私物化している癖に、経年しているから、マウント取れると思い込んじゃっている。

経年女子が僕が休みの日に僕の案件をてきとーな扱いをしたせいで、お客様が我が店舗に不信感で当たりが強くなっていることも、僕はいちいち文句を言わない。

言ったら変わるという「天候」の人だったらちゃんと言う。

「天気」の人に「天候」の話はできない。

「天気」の人って、自分が晴れの時の人格で生きているから、自分が行動できていないことを天気のせいにする。

ここ、ちょっと気持ちが悪い。


「天気」で生きている人は、他人も「天気」としてしか把握できないし、自己主張が強い割に、相手のことなんて全然気にしていない。

まぁそれが「天気」の人達。

自己都合が全てで、相手とか環境とか、舞台装置としか捉えてない。

経年女子、すんげぇマウントを取って来るのだが、ここのマウントの意味が分からない。
僕としては仕事をしたいだけなのだが、なんか、「お前が悪い、できていない」みたいな否定のニュアンスを含めて来る。

これが天気の人。

自分が天気として安定していないから、「世界に悪者を求める」。

悪者が居ないと安定しない人なんだなってちょっと同情する。

僕としては、上司の癖してなんも行動しないのに、スタッフを否定しないと人格を保てない人生はちょっとかわいそうだなって。

経年女子から色々と文句を言われるのだが、この文句の意味、仕事に全然繋がらなくて困る。

僕は他人から否定されてもどうでも酔いくらいに確立しちゃったもんでどうでも良いのだが、語彙(世界)がかわいそうだなって。

僕の人格は、他人のことを否定しないという「天候」なんだが、「気分」で僕のこと否定されると、ちょっと反発が起こる。こういう語彙でしか話せない世界、個人的には不本意。

だって。

眠くなってきたもんでここまで。

おやすみん。

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