23:14から。
どうも調子がよろしくない。
ビールを飲んでも楽しくないから。そろそろビールも卒業なのかなぁ。
別にそれはそれで良い。
身体に取り入れる物って、経年していくうちに削ぎ落していくものだと思われる。
例えば、僕で言うと、甘いジュースとか、お菓子とか、アイスとか、あったら食べようかなとはなるのだが、少なくとも、何かの代償(例えばストレス解消とか)で摂取しようということはほとんど無くなった。
食べることはエネルギーを摂取しているようで、消費の部分もある。
知らんけど。
水だし麦茶を常備しておこうと思い至り、100均で容器を買ってきたのだが、我が家の冷蔵庫のドアの水分を置いておく部分のサイズに合わなかった。
それも良い。
休みの日は、この麦茶を3リットルくらい飲みだした。
仕事日でも、もっと水分を取った方が良いと思いつつ、それでも、ここのところ胃痛が凄い。
あと、変な動悸。ストレスなんだろうけど、何に対する拒否反応なんだろうな。
なんて、もう四半世紀以上一緒に生きている身体だから、理由はなんとなく分かる。
少なくとも、ビール飲み過ぎだからじゃない。ビールを飲み過ぎたとしても、遅くとも3日くらいで元に戻る。
自覚的には調子が悪いのだが、他の方面では、調子が良い部分もあって、一概には言えない。
1つ。
今朝、可燃ごみの日だったもんで、早く目が覚めたついでに、野菜室のお片付けができた。
もう料理には使えない、悪くなった食材がたくさんあったもんで、断捨離。僕は食品ロスの件は「買う前、貰う前のこと」だと思っているから、買ったものが悪くなって捨ててしまうことに対して、罪悪感はない。ただ、なんでこんなに使い切れない食材がこの冷蔵庫にはいっぱいあるんだとは思う。次は、冷凍室とメインのところに残っているだけで使わない食材やら調味料を選別すれば、かなり風通しが良くなる気がする。
満月さん、時間の感覚が永いから、「いつか使うかも」という感覚で買ったまま、使わなくて終わる物が多すぎる。ここに対しては何とも思わないけど、自分の意識から外れた物を探してくれと言われると、発掘作業で時間がかかるんだけどとは思う。
満月さんが当時、いつか食べようと思った物も、しれっと捨ててもきっと、「スッキリした」としかならない、と思い込まないと、冷蔵庫とか、食材棚にはメスを入れられない。
ちょっと脱線した。
2つ。
昨日の日記が書けなかったのは、日記に至るまでの自分時間を確保できなかっただけ。
僕の三分類(仕事時間、生活時間。自分時間)で言うと、ぐうたらしている時間は自分時間ですらないもんで。4個目を追加して「無為時間」と名付けてみる。この無為時間を自分時間と混同している人が多い。まぁ、混在しているのか、といえば、していると言えなくもない。
理想は、全てを自分時間とできること。
割と統一化できている感じなのだが、人の「ノイズ」がある。
また脱線している。
調子が悪く無い2つ目は、この日、本屋さんに行けたこと。
行ったら、先週、先々週に行ったときに無かったお目当ての本が置いてあった。
僕の記憶では、その位置にこの本は無かったはず。これは買うしか無い。
「不夜脳」。
いかに良質な睡眠をするかみたいな棚に、脳を良質に保つのは睡眠じゃないという本があるのが面白い。皮肉だからでは無くて、そもそも論を疑うというのが学術的だなと。
実際これを書いているのは脳科学者さんだし。
脳を良好に保つのはバランスである、という感じっぽい。
僕も、そうだと思う。何かだけしたら良いなんて、都合の良い話は無い。
どうでも良いが、本日の無為時間で、猫を探すマスゲームの脳トレをした。
マインスイーパー(これ、もう通じる人あんまり居ないかも)の、上位互換みたいな論理パズル猫探し。
没頭しちゃって、2時間くらいぶっ通しでやった。
これ、お母様にお勧めしてみようかな。
ちなみに、猫の下僕さんも、ちらっと見たら(視力が良いもんで)通勤電車でやっていた。
当時(一週間前くらい?)、レベル高すぎる面をすいすい解いていて、僕には無理だわーって思っていたが、今日でちょっと追いついた。
論理部分の脳は日常で使っていないから、なかなかバランス的には良いかもしれない。
時々滅茶苦茶考えさせられる。
囲碁も良いと思うのだが、何せ、相手が居ない。
勝ち負けとかはどうでも良いから、上達しないんだよな。
本題はここでは無くて。
「不夜脳」を買ったついでに小説も探る。
文章を読んだら脳の中に情景が浮かぶのは、ギフトとは言わないまでも珍しいということを聞いて、小説で「人」を体感してきたから、僕の器があるのだなと。
現実と創作を分けて来たけど、創作だって人の表現だから、登場人物とか情景は現実とそう変わったもんでは無い。
という感じで、書店をまさぐったのだが、最終的に「森絵都さん」の新作に落ち着いた。
2冊あって、どちらも面白そうだったから、大人買い。並列してお風呂読書している。
で、僕が調子悪く無いなって感じるのが、この森絵都さんの小説を読みながら、鳥肌を立てられるところ。調子悪くても世界に対して感度高いから、なんか、大丈夫なんだろうなとは思っている。なにせ、「不健康な顔もしてない」。
本当に調子悪い時(体感済み)は、小説なんて交渉なの読めないし、世界に色も匂いも肌触りも無い。
全てが鈍い。
この鈍さがなんだったかというと、きっと、「その時に周りに居た人達が決めた僕」となる。
この歳で自分が判明する人なんてそんなに居ないと思うが、僕、自分がメンドクサイと思っていることがあんまりないし、誰かに勝ったら嬉しいともならないし、そんなにやりたくないことがあんまりない。
唯一言えば、「誰かに合わせ過ぎること」がやりたくない。これが無ければ、もっと動ける人生がいっぱいあったのだが、悪い癖で、突き抜けた変人にはなれなかったみたい。
いやぁ、これからなるんだろうなぁ~笑
突き抜けて行くほど若返る。
小説にドキドキできる中年、一般社会では、どんな世界で生きているだとなるが、僕からすれば、貴方こそ、何してんの? って。
知らんけど~
おやすみなさい。