22:29から。
2連休で引きこもって、晴れ空の中出勤。
川沿いにちらほらと彼岸花が咲いている。地元では曼珠沙華と呼んでたかな。
あぁ、秋。
と、感動しながら出勤したのだが、どうやら、彼岸花によって地獄に誘われた模様。
職場が阿鼻叫喚。
というのも、地獄の住民の経年層が、本日暴れ散らかしていた。
ちょっとバランス崩れただけで荒れる。なんともガキっぽいなって思ったのだが、なるほど、これが「餓鬼」じゃん、地獄の住民じゃんと。
言葉って、結構語源と繋がっている。
これがリアル羅生門。
「餓鬼」とは、飢えと渇きに苦しむ亡者とのこと(AI回答)。
仏教由来らしい。何宗かは知らない。
この概念、凄く人間を観察していると思う。
当時はほんとに、ぎりぎりの剥き出しの人間観だったと想像する。
ほんとうに肉体が生存できなくなる瞬間に出て来る生存欲。餓死する寸前でも悟れというのは、流石に無理ゲー。
ただ、他の生物種だと、個体の存続よりも種の存続を優先する習性がある。
脳が発達したことによって、種より個が優先される意識が芽生えたことにより、より地獄の個人的世界が創作されてしまった。
この「個としての飢えと渇き」は、個人主義で生きている限り埋まらない。
だって、個(自我)とセットだから。
この欠乏を埋めるために宗教が産まれたのだとしてみると、たしかにありうる。
日本人、宗教に忌避があるのは某真理教の影響だと思うが、外のことを信じて自己防衛という概念で考えると、自分が「正しい」と信じる証拠を外から持って来るのも、宗教とそんなに変わらない。
ちょっと抽象的になってきたので、具体的に。
本日、お仕事で、経年女子が無茶苦茶荒れていた。
自分が休みの日に予約取ったのに、僕に投げて、出勤のてんちょーにパスしようとしたら、そんなパス、自分の売上にならないから受け取らねぇと投げ返されて、経年女子にそれを言ったら、じゃあ私が出るわ!っとキレらてた。
ついでに、てんちょーに相談したとき、下の話を聞けないてんちょーが、経年女子が取ったアポについて、「僕が自分の休みの日にアポをとった無能」みたいにキレてきた。
まぁーとばっちり。
僕がキレることを人間関係のツールのままで生きている幼稚な人物だったら、経年女子にもてんちょーにもお説教的にキレる。
お前ら上層部の職位なのに、なんで連携とか協力取らずに、下を煩わせんの、馬鹿なの、その煩わしの合理性をちゃんと語れるの? この変な時間の無駄によってこの店舗の売上が減るの自覚してんの?
ほんとに論戦したら、たぶん負けない。
んだけど、あんまり同じ土俵で戦いたくない。
芥川龍之介の蜘蛛の糸の下でうごうごしている餓鬼と同じところで言葉を遣いたくないもんで。
もう良いかなとなるのは、会社じゃなくて、たまたま上層部がガキで餓鬼で仕事にならないからという意味。
ガキ(餓鬼)は自分を守ることしか考えていないから、そのせいで職場の仕事が滞っても、下のスタッフのせいにして自分の立ち位置だけは守ってきていた。
ほんと、協力体制がない。
協力体制がなくて、仕事場全体の仕事が上手くいかないことも、下のスタッフが拙いと変換される。こんな餓鬼が蔓延る職場、まともな人ならすぐ離れる。餓鬼は余裕が無いから、下に技術もスキルも知識も流せない。だって、自分しか世界が無いから、自分を垂れ流すは恐怖でしかないもんで。
ちょっと、調教はしているつもりなんだが、結局、硯にはこの上下関係の中でも知識を聞いて良いんだなっていう年上・上司ムーブは変わらない模様。
僕の人生で蓄積してきた財産は奪うのに、奪いっぱなしで良いみたい。
これが年上の矜持かと思うのだが、なんかお金で換算できることはやれるみたいという記録がある。
僕、あんまり「お金」で返す人、どうなんだろうと思う。
これってぶっちゃけ、お金を持っていたら誰でもできること。
ここに価値を置くって、なんというか、あんまり具体的ではないような。
もやもや。
ここまで。
おやすみなさい。