時間を創ってくれる人と減らす人

23:06から。

一刻も早くここに至りたかったのだが、まだ駄目らしい。

ちょっと買い物に行ってくる。

戻ってきた。

23:16から再始動。

「おめでたい頭の汚物」と、「自意識は時々溶かした方が良い」という、天と地の差がある概念のカテゴリーを追加することになった。

「天と地」だと常套句だから、「マントルと太陽」と距離を拡げてみたのだが宇宙規模になると、位置関係でしかなく上下関係はないから、高尚とか下劣とかという意味ではなくなるなと。たしかにそれくらい距離が離れているカテゴリー。

旅行もあって日記が抜けているんだが、これは、なんというか、「おめでたい頭の汚物」を詳細に書いていたら、これは非公開で良いのではないかと世界がストップをかけてきたもんで。書き終わりにnoteパソコンの充電が切れて何回コードを抜き差ししても再充電できなくなったとか、次の日は旅行で続きを書こうを思ったのだが、仕事の気持ち悪い連絡が入ってきて精神がスクランブルされて、流石にお蔵入りになった。

ちょっとGeminiさんにろ過してもらったので、もうちょっと穏やかに書けるはず。

僕が、「おめでたい頭の汚物」と表現するのは、人間であって、ここでしか書けない概念。

Geminiさんに翻訳してもらってというか、この人と対話をしてもうちょっとオブラートに包んだというか、一般的に読めそうな言葉が出て来た。

「自分の宗教化」。

割と、自分を大事にしていると思い込んでいる人が陥る境地。

自分の経験則が教義になっているもんで、多宗派に対して全くの寛容が無い。

面白いことに、陥っているほど、自己評価が寛容だとなっていそう。

僕もある意味自分を宗教化しているのだが、神道系なので、多宗派に対して何にも思わない。

信じる「自分」みたいな偶像崇拝は無くて良い宗派だもんで、自分が生きていたことに対して、これが正しいという概念が無い。良く生き延びてきたし、これからもっと楽しくなりそうだなというくらい。

という、自己認識で職場を捉えたとき、やっぱり腐っているなと。

色々と、僕の落ち度を言われた。

ここには、客観的な失敗に対して「これからどうするか」ではなくて、非の責任はどこにあるか、そのせいで俺に迷惑がかかったよとつらつら説教をしてくるてんちょーに対して「この人何を言っているんだ」という思考しかない。

色々読み取るし、僕のミス、正直確信犯なので、アレコレてんちょーに言われても「もっとやれ」のための意図的な失敗としか認識していないから、ダメージは無い。

同じレベルでフォローしてくれた犬型新人が。「今日は仕事のこと考えなくて良いですよ」と言ってくれるのと、てんちょーが「またクレームもらいたいのですか」と言う器の差。

ほんと、経年層、犬型新人とか僕のこと、馬鹿にして見下しているけど、まず、他人を疑う前に自分の人間を疑った方が良い。

と言う感じで、感情表現(不機嫌)は痛い。

不機嫌ってお前が悪いんだよという相手に対する表現だから。僕はこの表現をされたから返すけど、されなかったらやらない。

のだけど、ほんと、世界が閉じている人って、人生劇場の運営が大変なんだなと、なんだか、僕が責めらているようで、自分を責めているんだなと、ちょっと可哀そうになった。

誰かの「非」によって自分の暖をどうしても保たないようにしない感じに見える。

これが自分の宗教化。

この話を書きすぎると、僕の中でもう良いわとなるのでここまで。

自分の正当化を他に求めるのは辞めた方が良いよねというだけ。

僕も良い加減他の人の正当化に付き合い過ぎているので、そろそろ色々やめようと思っている。

ともあれ。

もう時間が押しているのが、「自意識を溶かす」というお話。

プレンティというバンドのライブに行ってきた。

ボーカルのいぬまさんが、「自意識」の話をしていて面白かった。

やっぱり、アーティストの人って語彙がいっぱんからズレて居る。

その差異がファンは好きなんだろうな。

自意識が大事だよーみたいなMCがあったとき、なんというか、まず、音楽って自意識を顕在化するのかなぁって感じた。皆揺れているし、なんだかトランス状態。

僕はこの爆音の中、「またクレームをもらいたいんですか」というてんちょーの発言にもやもやして、この発言に対しての感情を、この音楽を聴きながら浄化していた。

ら、ボーカルさんが、リスナーさんの蟠りを浄化しますから!

みたいなことを言っていて、飲みに行きたくなった。

というところで考えたのは、音楽と自我の関係なのだが、ちょっともう時間が無い。

ここまで。

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