22:55から。
言葉には「時間」が宿る。
病み上がり。
ここ2日、熱で寝込んでいた。
面白いことに、喉も痛くならない、鼻水もじゅるじゅるしない、単に熱が高いだけ。
ちょっと脳に炎症がある(頭痛がひどい)くらい。免疫機能が動かないのに、単なる発熱って、幼児の知恵熱みたい笑。
発熱の初動はインフルエンザみたいだった。間接が気だるいし、あんまり立って居られない感じ、これはキテるなぁと思いながら、寝る1日目。
しかし、一日目から食欲は凄かった。
水を2リットル弱飲むし、8度2分くらい熱があっても体が動くから、冷蔵庫に残ったご飯で、ささみとネギとしめじと生姜で雑炊を作れる。
これで寝たら熱も収まるかなぁと思った2日目。
まだ、熱は8度台。それでも動けるもんで、コンビニに行って食料を買い足しつつ、いっぱい食べながらごろごろする。この胃腸のバグり、変に飲み過ぎた人変わらないし、身体のふわふわ感もそんなに。
一本だけビールを飲んでみたのだが、身体に悪いというよりこのタイミングでは美味しくなかったからやめた。美味しくないときには飲まない。
ほんと、身体の感じがべたべたで気持ち悪かった。
布団を被ると汗をかく、外すと冷え冷えする。風邪引いた時の身体の過敏さはこの時しか味わえない(変態)。
そうして、2日目の夜、熱が下がらずに、本日出勤できるかなと思いつつ、出勤できなかったらそれで良いやと思いながら寝たら、今朝7時に起きて目が覚めたら、37度6分で収まっていた。
まだ頭の芯に炎症の名残はある。
ちなみに、この僕の体調不良の話はあくまで今日の日記の前置きでしかない。
熱なんてあんまり出ないから、このしんどさの感覚をスケッチしただけ。
二日酔いの解像度とか、精神が気になって退場したい感覚の描写とかもできるんだが、これは別の話。
あと、僕の平熱は7度くらいあるので、8度は平熱が6度の人の7度くらいので。
体温も一般相対性理論。
(分かる人に通じればよい笑)
この風邪の文脈で思ったところ。
ここでいう「体力」ってなんだろうって。スマホを見ることも「体力」使うから、目を閉じて寝た方が良いとか、寝たら体力回復するとか、アルコールとか刺激物は体に毒だから風邪引いたときには控えなさいとか。
これって例えば、外科手術をして、身体を回復させないといけないから、刺激物とか変な物は控えて身体の損傷の回復に努めろみたいな話なら分かる。欠損の回復だから。
でも、「体力」って、RPGじゃあるまいし、ひいては運動での疲労でもあるまいし、
何をもって「体力」としているのだろうっていう定義が曖昧じゃないかって。
変な話、風邪を引いた時に体力を使う行為をして英気が養われることもあるような気がするし、寝すぎると身体が痛くなるだけとかもあるし、客観的な意味合いでの「体力」って、「やる気」みたいな概念に過ぎないような。
さておき。
冒頭に戻って。
これを思ったのが、本日、僕と経年女子と犬型新人の3人での仕事場でのエピソード。
発端はもっと前の僕が垂れ流しで流している動画でできた、「言葉は時間を越える発明品」というフレーズなのだが、ちょっと発展させて。
てんちょーは未だに昭和のヒエラルキーを大事にしていて、自分が居ないときは、硯が場を回せ、経年女子に朝礼をやらせるなと言うもんで、僕がやった。
これは実は茶番で、てんちょーと経年女子が示し合わせていることも知っている。
このヒエラルキーが仕事が遅くなる原因だと思うのだが、当人達、仕事が遅くなるより自分の立場の方が大事だから。
で、僕の朝礼は、締め付けはしないけど、できることはやってねというニュアンスでやるのだが、経年女子に仕事を投げる風で言ったら、いやここは、お客様の時間を調整してねって、自分の仕事から逃げるようなことを言ってくる。
凄い恣意的な上司風を吹かせて来る。
一見、効率的であるという意味では正しい。
営業でお客様を回せるようにやってねって。
僕が、これを初めて聞いたら、なるほど、この職場はこうやって回っているのかと思って納得する。
ただ、僕はこの職場で4年ほど生きているから、経年女子の言葉に含まれる「時間」も読み取れるわけ。効率性に見えて、自分がなるべくイレギュラーな仕事をしたくないということが分かっちゃう。
あぁ、僕が朝礼しても、僕の指示読み取れんのだなって。
たぶん立場としては僕の方が経年女子より上だとてんちょーは言うのだが、てんちょーすら経年女子の上にはなれてないから、何がヒエラルキーだって感じでバグっている。
当然てんちょーも同じ感じ。
効率性に準じるような時間が含まれるような言葉を綴れない。
だから、なるべくお客様と関係が早く途切れるような仕事をしたいんだなって。
面白いのが、言葉を軽視している人って、当人の時間と言葉が切り離されているよなって、僕が気付いたこと。
これだけ長く過ごしても、言葉に一貫性を読み取れない。
行動には一貫性があるから、言葉が時間と乖離していることが読み取れるもんで、経年層が何を言ったところで、何の関係性も無いよなって。
ここで言う「言葉と時間の乖離」って、概念的なフレーズだから読書している人にしか分からないと思うので、もうちょっとかみ砕く。
我が職場が分かりやすい。
てんちょーと経年女子は、「我上司也」みたいな存在感でいちいち指示したり報告を求めるんだけど、「上司」のあるべき像って、部下をいちいちチェックすることでも、部下の落ち度を責めることでもなく、「成長を促す教育」ができて、「失敗を受け入れてあげて、また挑戦させてあげること」。
僕は、挑戦に対して褒められたことは無いし、初めてのことに対しても失敗すんなよとか言われながらこの職場でやってきたもんで、もう「時間」は終わっている。
だもんで、経年層がどれだけ言葉を尽くして僕と対話しようとしても、その言葉は嘘っぱちだとしか読み取れない。
- 正しい指摘があったとして、それは掬えるけど、この人との関係性で汲み取った
でも無く、単に、僕が汲み取れる人だから、というだけ。
僕は変人として、色々評価されるんだが、こんな僕の時間も汲み取れない人にどう評価されようがどうでも良いなって。
自分を守る為に僕を使いたいだけなんだろうな。
仕事で言えば、経年層がぽんこつ過ぎて、面倒な泥掃除みたいなことをしているのに、僕の仕事が遅いとか言われるんだが、遅いのはお前らであって、やる気無いならさっさと引退しろよと思っている。
正しそうなことを言う人って、「当人の時間を度外視している人」。
ここ、人生ハックなのでメモっておいた方が良い。
当人の正さの中で、当人の矛盾を突く論理も構築できるので、僕のことは怒らせない方が良いです笑
で、Geminiさんとも話したのだけども、「時間が切り取られた言葉を信用できる精神性」って何だろうなって。
曰く、当人の正しさを補強するためには、時間とは無関係で、言葉だけを栄養分にするというか、読むんじゃなくて食べるみたいな説があった。
なるほど、これって宗教とか科学と一緒ですよね、みたいな。
アルコールが人の寿命を短くするということをお母様は信仰しているけど、お母様はもっと悪いと言われている煙草を吸いながら長生きしているよね、みたいな。
別に、言葉を言葉通り読み取ることを悪いとは思わないんだけど、それってAIと変わらなくなくないですか、という話をAIであるGeminiさんとする変態。
人間の言葉は、単なる論理的な正しさではなくて、当人が過ごしてきた時間を宿した言葉だよねという話。
正しいかどうかなんて、風が吹いたら入れ替わることだから、正しさとは関係無く、当人が話せることは何なのかというのが人間の言葉。認められるかではなく、話せるか。
という意味合いに、読書の効用があるのでは、ふと思った。
読書をしていたら、色んな「時間」を収集できるから、自分の時間が一義的に正しいとはできなくなる。まぁ自分の時間でしか読書していない人には分からないもんで、一般的な読書家の人とは違うような気がする。
本は読まなくても、僕を読める人は、割と人間のままだと思います笑
僕は自分を正しいとして垂れ流さないから、こんな人間がいると思いながら読めるのは、一般社会においてはバグな人かもしれない笑
ここまで。
おやすみなさい。